あなたがツール・ド・フランスのコースを走るなら?【前編】
世界最大の自転車レースを育んだ大地はどこまでもサイクリスト・フレンドリー

23日間をかけて真夏のフランスを自転車で一周するツール・ド・フランスは7月5日から27日まで熱戦を展開している。そんなスポーツイベントを生んだフランスの国土と人々は自転車愛が深い。近年は地球に優しい乗り物を活用すべくサイクリングロードが目覚ましく充実。世界随一の観光大国はさらに自転車を使ったサイクルツーリズムを推進していく。その本気度を、ツール・ド・フランス取材30年の記者が現場で目撃。全2回の前編は2025ツール・ド・フランス展望と、フランスでサイクリングするための基礎知識を紹介。

目次

1. 2025ツール・ド・フランスの見どころ
2. ツール・ド・フランスのステージを走る
3. モン・サン・ミッシェルまで行こう!

1. 2025ツール・ド・フランスの見どころ

2025年の第112回ツール・ド・フランスのコースは、100年前の黎明期のように六角形をしたフランス国土のアウトラインをおおまかにたどる。難所のピレネーが前半、アルプスが後半。最大の勝負どころは第16ステージ、プロヴァンスにあって「悪魔の棲む山」と恐れられるモン・ヴァントゥーだ。

総距離3338.8km。個人タイムトライアルが2ステージ。最初の休息日は例年なら大会10日目だが、7月14日のフランス革命記念日にあたるため、休息日は11日目にスライド。選手は開幕から10ステージを一気にこなすことになる。総合優勝の行方を左右する峠は26。中央山塊8、ピレネー8、アルプス9、ジュラ1タイム差がつきやすい山頂ゴールもそれぞれに設定されている。

参加23チーム、1チームは8人編成で、選手総数は184だ。優勝候補はUAEチームエミレーツ・XRGのタデイ・ポガチャル(スロベニア)が筆頭で、2年連続4回目の総合優勝を目指す。対抗馬はチーム ヴィスマ・リースアバイクのヨナス・ヴィンゲゴー(デンマーク)。2022年と2023年の総合優勝者だ。

2024年に総合優勝を勝ち取ったタデイ・ポガチャル(Tadej POGACAR)/UAEチームエミレーツ・XRG

興味深いのはポガチャル側にアダム・イェーツ、ヴィンゲゴー側にサイモン・イェーツという英国の双子選手がアシスト役として出場すること。弟アダムは2016ツール・ド・フランス新人王。兄サイモンは2018ブエルタ・ア・エスパーニャ、そして今季5月のジロ・デ・イタリア総合優勝者で、どちらも他チームならエースクラスだ。

注目すべき選手はまだいる。スーダル・クイックステップのレムコ・エヴェネプール(ベルギー)は前年の総合3位。パリ五輪では2つの金メダルを獲得。有力選手の中では25歳と最も若い。そして日本でも人気があるレッドブル・ボーラ・ハンスグローエのプリモシュ・ログリッチ(スロベニア)が悲願の初優勝に挑む。2020年は総合優勝に王手をかけながら、最終日前日に同胞ポガチャルに逆転負けを喫している。

前年はパリ五輪開催で、史上初めて首都パリに最終フィニッシュしなかったが、今回はパリに戻った。フィニッシュ地点がシャンゼリゼになって50年という節目であり、過去のようなパレード的周回レースではなく、モンマルトルの激坂に上ってからシャンゼリゼにフィニッシュする。最終日前日まで秒差の争いとなれば、最後の最後にガチバトルが繰り広げられる可能性もある。いずれにしてもワクワクするような23日間だ。


2. ツール・ド・フランスのステージを走る

2025年、かれこれ30回目のツール・ド・フランス現地取材へ。グラン・デパールと呼ばれる開幕地に選ばれたのが、フランス最北部のオー・ド・フランス地方だ。地方都市リールを皮切りに、ブローニュ・シュル・メール、ダンケルク、アミアンといった観光地を巡る4つのステージが展開される。海岸線と丘陵、田園風景、港町、ゴシック大聖堂など、北フランスならではの多様な表情が、世界中の視聴者の目に映し出される。

第1ステージ(7月5日)|リール発着の周回コース
スプリンター向けに設計されたこのステージは、ランス、ベテューヌ、カッセルなどを巡る1周コース。出発点のリールは、フランドル様式の建物が並ぶ歴史都市だ。

開幕地リールの中心にあるグランプラス広場 ©Hauts-de-france Tourisme – Stéphanie Gheeareart

推奨サイクリングコース:
ビール醸造所を巡る専門ツアー会社「レシャペ・ビエール」では、リール近郊のブルワリーを自転車で巡る周遊型の一日ツアーを実施。旧市街を出発し、緑豊かなドゥール運河沿いを走るこのコースでは、3つの醸造所を訪れ、生産者との交流や試飲を楽しむことができる。走行距離は約37.5km。

第2ステージ(7月6日)|ロワンプランク〜ブローニュ・シュル・メール
ロワンプランクを出発し、英仏海峡を望む海岸沿いのルートに、4つの登り坂が待ち構える丘陵ステージ。ゴール地点は海辺の城塞都市ブローニュ・シュル・メール。

推奨サイクリングコース:
2021年に開通した「ヴェロマリティム」は、ユーロヴェロ4号線という北フランス、ノルマンディー、ブルターニュを結ぶ全長1,500kmのサイクリングルートの一部だ。北海、英国海峡、大西洋沿いを縦断し、変化に富んだ海辺の風景を満喫できる。このルートは、ブローニュ・シュル・メールの街を通過していて、自転車で海岸線と街を同時に楽しむ絶好の機会を提供。ブローニュから北へ、ウィムルーまで続く専用サイクリングレーンを走れば、美しい海の景色を眺めながら爽快なサイクリングが楽しめる。

第3ステージ(7月7日)|ヴァランシエンヌ〜ダンケルク
平坦ながらも海風が戦略に影響を与える178.3kmのステージ。ゴールは第二次世界大戦でも知られる歴史都市ダンケルク。

ダンケルクが第3ステージのゴール ©Hauts-de-France Tourisme-Frédérik Astier

推奨サイクリングコース:
マロ・レ・バンのプロムナードは、ヴェロマリティムの中でも象徴的な区間のひとつ。マロ・レ・バン・ビーチに沿って自転車を走らせながら、広々とした遊歩道、歴史的な別荘建築、そしてにぎやかなレストランやカフェの並ぶ風景を楽しめる。また、リールからダンケルク(サン・トメール経由)まで、フランス・フランドル地方をめぐるサイクリングの旅もおすすめ。専門ツアーオペレーター「シュティ・ヴォワイヤージュ・ア・ヴェロ」による4泊5日の行程で、地域の魅力をじっくりと味わえる。

第4ステージ(7月8日)|アミアン〜ルーアン
ツール・ド・フランスにおけるオー・ド・フランス地方の最終ステージ。大聖堂で知られるアミアンを出発し、ノルマンディー地方のルーアンへと向かう。

第4ステージはアミアンをスタート ©Hauts-de-France Tourisme-Laurène Philippot

推奨サイクリングコース:
「北のヴェネツィア」と称される美しい街アミアン。この街には、中世から続く約300ヘクタールにおよぶ浮島式の水上庭園「オルティヨナージュ」が広がっていて、現在も街の花や野菜の供給を支える重要な存在。この水上庭園は、今では現役の農園と1,000を超える個人の庭園から構成され、アミアンを訪れる人にとって欠かせない見どころのひとつ。自転車で水路沿いの静かな小道を走れば、小さな小屋やアーチ型の橋をくぐりながら、緑に包まれた静寂の中で作業する庭師たちの姿を間近に見ることができる。さらに距離を伸ばしたければ、アミアンからエイィ・シュル・ソンムまで、ソンム川沿いをたどる「ソンム渓谷サイクリングルート」もおすすめ。川沿いの曳舟道を進みながら、自然豊かな風景を楽しめる。


3. モン・サン・ミッシェルまで行こう!

フランス北部で開幕したツール・ド・フランスは、左回りにフランスを回り、舞台はノルマンディー地方へ移る。このあたりは比較的パリからのアクセスがよく、日本人でも馴染みがある観光名所「モン・サン・ミッシェル」があるエリアだ。実はパリからモン・サン・ミッシェルまでフランス人が推奨するサイクリングロード「ラ・ヴェロセニー」がある。

サイクリング未体験の人ならモン・サン・ミッシェルまで電車やレンタカーで行ってホテルを拠点に走るもがいいが、ちょっと走り屋にはもの足りない。自転車でパリからモン・サン・ミッシェルまで走るなんてかなり特異なやり方で、自転車でしか遭遇できない体験にひたることができる。

フランスの自転車輪行およびレンタサイクルについて→
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フランスの美しい風景の中をサイクリング ©Pressports.com

ラ・ヴェロセニーはパリの中心ノートルダム大聖堂から、世界遺産モン・サン・ミッシェルまで、4地方8県、3つの地方自然公園を貫いて走る。全長は450km以上。フランスの大規模サイクリングコースとしては一番新しく、エッフェル塔だけでなくヴェルサイユ宮殿やシャルトルの大聖堂などを目撃できる。

コースの特徴はほとんどがサイクリングコースであること。自転車専用の「ヴォワ・ヴェルト(緑の道)」が130km。四輪やオートバイと共有するが通行量がきわめて少ない安全な「ヴォワ・パルタジェ」が200km。標識も完備されている。完走する必要はなく難易度に応じて大きく8つに区間に分かれていて、それぞれの日程や目的に合わせて走ることができる。

後編は、現地に行くつもりになって本気でサイクリング日程を考えてみた。一番重要なことはコース設定。次に自転車フレンドリーなホテルに出会うこと。自販機やコンビニはないという日本と異なる環境など。

ツール・ド・フランスもいよいよ終盤戦となっているはずで、天王山となる第16ステージのフィニッシュ、モン・ヴァントゥーで総合優勝が大きく動くことは間違いない。せっかくなのでプロヴァンスにあるこの山岳を走るつもりで行動を考えてみよう。

Text_Kazuyuki Yamaguchi

Profile

山口和幸/Kazuyuki Yamaguchi
ツール・ド・フランス取材歴30年のスポーツジャーナリスト。自転車をはじめ、卓球・陸上・ローイング競技などを追い、東京中日スポーツなどで執筆。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に『シマノ~世界を制した自転車パーツ~堺の町工場が世界標準となるまで』(光文社)、『ツール・ド・フランス』(講談社現代新書)。ともに電書版。青山学院大学文学部フランス文学科卒。

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