あなたがツール・ド・フランスのコースを走るなら?【後編】
モン・ヴァントゥーを走るつもりでレンタル手配してみた

23日間をかけて真夏のフランスを自転車で一周するツール・ド・フランスはいよいよ雌雄をかけた戦いの大舞台へ。フランスサイクリング事情を現地からレポートする全2回記事の後編は、本気で走るつもりになってスポーツバイクのレンタルを実調査。簡単に、そして確実に手配ができるのか? 果たしていくらかかるか? フランスを実際に走ることになったら覚えておきたいことは…。プランニングしたコースは第16ステージのフィニッシュ、モン・ヴァントゥーだ。ここで総合優勝が大きく動くことは間違いない。このプロヴァンス地方の山岳を現地レンタルという手段で攻略してみよう。
*2025年の第16ステージは7/22(火)開催予定
*前編はこちら

目次

1. まずはモン・ヴァントゥーのことを知ろう
2. モン・ヴァントゥーを目指すプランを考えた
3. ホテルをわが家として周辺を走りまくる

4. 自動販売機もコンビニもないからどうする?
5. 2025ツール・ド・フランス優勝予想

1. まずはモン・ヴァントゥーのことを知ろう

モン・ヴァントゥーはピレネーにもアルプスにも属さない南フランスの独立峰だ。標高1912mとそれほどの高さではないが、セミ時雨が聞こえるプロヴァンス地方にあって特異な景観と異様な雰囲気で圧倒される。内陸の北側から地中海に吹きおろす寒冷で乾いた局地風ミストラルによって草木が飛ばされ、直径30cmほどの白い岩石が白骨のように敷き詰められる。

頂上の1km手前に墓石がある。五輪メダルと世界チャンピオンのタイトルを手にした英国のトム・シンプソンが、1967年のツール・ド・フランスで命を落としたところである。その日のモン・ヴァントゥーは気温40度を超える猛暑に見舞われたという。総合優勝をねらう有力選手の集団から脱落したシンプソンは、徐々に蛇行を始め、沿道の観衆に抱きすくめられながら道ばたに倒れ込んだ。ヘリコプターで搬送されたアヴィニョンのホテルで元世界チャンピオンは息を引き取ったという。

トム・シンプソンの墓石があったらあと1km

自転車競技史上最強の選手と言われるベルギーのエディ・メルクスもモン・ヴァントゥーで窮地に陥った。1970年7月15日のツール・ド・フランス。その日も息が詰まるような熱波がレースを襲った。ライバルのテブネやプリドールのアタックに、さすがの優勝候補もこの日は大苦戦。最後はよろめくように頂上にたどり着いた。

それでもメルクスは3年前のレース中に死去したシンプソンの墓石の前を通過するときに、冥福を祈る意味で脱帽することを忘れなかったという。シンプソンはメルクスの元チームメイトだった。「それからゴールまでも本当にツラい道のりだった。気分が悪く、酸欠に陥り、ゴールから救急車で運ばれることになるのだから」。なんとかモン・ヴァントゥーを凌いだメルクスは最終的にパリでマイヨジョーヌを獲得する。こうして数々の伝説を生んだモン・ヴァントゥーは「悪魔が棲む山」と言われるようになった。


2. モン・ヴァントゥーを目指すプランを考えた

2025ツール・ド・フランス第16ステージのフィニッシュがモン・ヴァントゥーだ。モンペリエをスタートする距離171.5kmのコースは終盤まで平坦だが、149.2km地点にあるベドワンから一気に上り坂となる。ベドワンから頂上までは距離22.3km。9%の勾配が続き、ときおり10%になる。せっかくフランスを走るのなら、この名峰をサイクリングしない手はない。

ベドワンからの上り坂。日陰がない

ツール・ド・フランスを走るプロ選手も苦戦する上り坂だから、本格的なスポーツバイクをレンタルする必要がある。電動アシストパワーが駆動する最新eロードバイクにするか。軽量ロードバイクにするか? 日本の貸自転車って不具合があったりで快適ではないものが多いが、整備された最新モデルが借りられるのか? サイズはあるのか? ペダルはどうするのか?

前編でレンタルショップの見つけ方を紹介したとおりに、「mont ventoux, rental bike」と検索してみる。そうするとこのあたりは自転車の聖地だけに検索結果がズラリ。その中でモン・ヴァントゥーの直下にあるベドワンを拠点としたレンタルショップのサイトを訪ねてみる。ホームページには「レンタルするのは4ステップ」と書かれている。

1)借りたい期日を入力する
2)バイクの車種・台数・サイズを選び、ペダルタイプとヘルメットの貸出希望かを選択(これらは料金に含まれる)
3)ショップにピックアップに来るのか、滞在するホテルに届けるかを選択
4)金額が表示されるので氏名やメアドなどを入力、予約できるかのメールが来る

いくつものレンタルバイクショップがあり、ナビゲーションもわかりやすい

ためしにやってみた。貸出は3日間。電動アシストなしのロードバイクはLaPierre Xelius SL 7.0 Disc Di2。サイズは50、52、54、56、58とあり、自分の身長から適正サイズが選択できるようになっている。すべてを入力して合計額は205ユーロ(約3万5000円)。氏名とメアドを入力すると担当者から英語のレスが来た。

「在庫あります。予約しますか?」。いわゆるメールで返信が来たので、このあとは細かなやり取りはメールで行うことができる。うれしいことにレスが早いし、親切だ。現地は自転車店なので必要に応じて備品を購入したり、セッティングしてもらったりできるようだ。

グラベルバイクの貸し出しもあるとは、さすがツールドフランスが名物の地方

ちなみにレンタルできる車種はeMTB、グラベルロード、eロード、スポーツeバイク、マウンテンバイク、ロードバイクとバラエティでロードバイクは5モデルある。Pinarello Dogma F Dura-Ace Di2も借りることができるというから驚きだ。

このシステムは日本で展開しているジャイアントやスペシャライズドとほぼ同じ。ペダルの選択とヘルメットの貸出に追加料金がかからないという点も同様だ。もしかしたらこの金額でレンタルできるのなら、日本から現地に持っていく経費と労力を考慮すると十分に評価できるレベルである。


3. ホテルをわが家として周辺を走りまくる

モン・ヴァントゥーまでサイクリングする場合、拠点となる大都市はローヌ川にかかる「半分が崩れ落ちている橋」が有名なアビニョン、ローマ時代の円形闘技場があるオランジュがある。さらにモン・ヴァントゥーまで近いところにはカルパントラという中規模の町がある。モン・ヴァントゥーはたいてい東側からのアプローチで登るので、西側の下山道終点にあるのがマロセーヌ。ベドワンは最も小さな町だがモン・ヴァントゥーをサイクリングするときは、上り始めの拠点となる。

モン・ヴァントゥーからマロセーヌに向かう下山ルート

もちろんモン・ヴァントゥーに自転車で挑む際は2つのルートが選択できる。南麓のべドワンから左回りに東側から上るルートがツール・ド・フランスで採用される。当然ラスト1kmにシンプソンの墓石がある。フィニッシュした選手たちはマロセーヌまで下山するのが常だが、急コーナーはそれほどなく幅員も路面状況も安全なのでダウンヒルとしてうってつけ。もしモン・ヴァントゥーに2回アタックする日程が取れる人は、マロセーヌからも上ってみると違った景観が目撃できるのでいいだろう。

モン・ヴァントゥーの麓に数日泊することで、そこをわが家のようにして山岳や観光名所のアヴィニョンなどに日帰りサイクリングするというのがフランス流のバカンスである。

モン・ヴァントゥーから下界を望む

近年はMTBタイプのeバイクに乗るのが新たな楽しみに加わった。数年前にこのエリアをマウンテンバイクで横断する 「Grande Traversée du Vaucluse à VTT」が開催された。電動マウンテンバイク専用ルートも作られた。ほとんどのルートは誰でも乗りこなせるものだという。


4. 自動販売機もコンビニもないからどうする?

フランスを走るサイクリストは小さなリュックサックや背中のポケットに食物を詰め込んで走るのが定番だ。事前にスーパーマーケットで補給食は調達できるが、こういったショッピングセンターは快適な自転車ルートから離れた高速道路の出入り口付近にあるので、走り出したら立ち寄るのは難しい。街道沿いにはカフェがあるくらいだが、休憩がてらにトイレ利用できるのでうれしい。

パリよりかなり下流だが、セーヌ川沿いにサイクリングコースがある

注意したいのは紫外線が強いこと。サマーロングスリーブジャージやUVケアクリームを使い、アイウエアを着用したい。GPSデバイスがあれば頂上までの距離や勾配が把握できる。日本で使っているときと同じようにモバイル通信できるeSIMなどの利用がおすすめ。

フランスでは地図上の赤いNが国道で、場合によってはオートルート(自動車専用)となっている。地図アプリに自転車ナビがあればいいが、クルマの道順が表示されるととても危険なので、黄色いDの県道を選んで走る必要がある。ハンドルを握るドライバーがどれだけサイクリストをリスペクトしているかも、こういったのどかな道なら体験できるはずだ。


5. 2025ツール・ド・フランス優勝予想

ツール・ド・フランスはいよいよ終盤戦へ。総合優勝争いは大本命のタデイ・ポガチャルが実力どおりの強さを発揮している。ただしツール・ド・フランスはマイヨジョーヌを争う戦いばかりでない。各ステージの優勝者はテレビや新聞で大きく報道されるだけに、たった1勝でもかけがえのない戦績になる。このモン・ヴァントゥーでもステージ優勝をねらって伏兵たちがアタックするはずで、それをポガチャルら有力勢がどう利用するかが興味深い。

ポガチャルらが駆け抜けたコースを自らがトライしてみることで、世界のトップ選手のすごさを自分のものさしで改めて確認できるだろう。美しいフランスの大地で風を切って走れば多少の巡航速度の違いは許されるはずだ。

ツール・ド・フランスでは数々の伝説の舞台となった

*本原稿は2025年7月14日時点の執筆です


Text_Kazuyuki Yamaguchi

Profile

山口和幸/Kazuyuki Yamaguchi
ツール・ド・フランス取材歴30年のスポーツジャーナリスト。自転車をはじめ、卓球・陸上・ローイング競技などを追い、東京中日スポーツなどで執筆。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に『シマノ~世界を制した自転車パーツ~堺の町工場が世界標準となるまで』(光文社)、『ツール・ド・フランス』(講談社現代新書)。ともに電書版。青山学院大学文学部フランス文学科卒。

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