CYCLE CINEMA⑩
『E.T.』
自転車で空が飛べると思った頃

最近のSF映画は難しい。多くの人が『特殊相対性理論』の基本を理解しているため(なんとなくだけど)、いくら科学技術が進歩しても「宇宙人が地球にやってくる」ことは、理論上非常に困難であると思っている。だから、『インターステラー』のように多次元展開したり、『メッセージ』のように過去から未来の時間は同時に存在しているという設定にしたり、『三体』のように三体問題(地球人には解決できない)を乗り越えたりして地球人の前に現れる。まことにややこしい。現代のSF映画では宇宙人を描くことが以前よりも複雑になっている。映画人、苦難の時代だ。

その点、『E.T.』(1982年)のストーリーは明快だ。宇宙人の学者たちが地球に植物採集にやってきて、LAの夜景に見とれていたE.T.(本名不明)は取り残されてしまう。E.T.は心優しきエリオット少年と出会い、兄妹たちと共に親交を深め、地球の機材を使って交信機を作り宇宙船を呼び寄せて星へ帰る。なんてシンプル。

しかし、E.T.はちょっと抜けている(人間より高度な設定ですよね)。そもそも、宇宙船に乗り遅れるし(あとで怒られただろう)、ものを落としたり(人間とほぼ同じ構造の手なのに)、酒を飲んで酔っぱらって失態をおかすなど、かなりやらかし男だ(野口聡一さんは取り残された星で酔って倒れたりはしない)。しかし、ほのぼのさが子どもの心を掴むのだから、彼の人徳というべきなのかもしれないが。

実はこの『E.T.』、かなりの自転車映画でもある。前半、お菓子をまいてE.T.をおびき寄せる時(学者なのに……)にエリオットが乗っていたり、ハロウインの日に月を背景に空を飛ぶシーンなどに登場する。必見は後半の自転車チェイス。LA郊外の新興住宅地を縦横無尽に走りまわるシーンは今観ても格好いい。このハイテンフレームのBMXはKuwahara社製。1979年にアメリカでKuwahara BMX Teamが発足し、KuwaharaのBMXは子どもたちの憧れの的だったそうだ。リサーチ中のスピルバーグ監督が子どもたちからKuwaharaの名前を聞き、採用が決定した(当時のKuwaharaの担当者はスピルバーグの名を知らず、無償提供を渋ったそう)。映画公開後、BMXやMTBシーンの中でKuwaharaが大きな存在感を示したことは想像に難くないだろう。

あらためて『E.T.』を見返してみると、シンプルなストーリー、テンポの良い展開に引き込まれた。当時のファッション(今は1980年代のリバイバルなのだと納得)、カルチャー(TVゲーム以前のティーンエイジャーの遊びが楽しそう)、家族の問題(父親浮気で別居とか子どもにはわかりにくい)など再見の価値あり。時間を見つけて『E.T.』をご覧になってはいかがだろう。『E.T.』の魅力は年を重ねても色褪せることがなく、見るたびに新しい発見がある。自転車に乗る喜びを再確認できるだろう。しかし、BMXが欲しくなる欲望を抑えるのが大変なのでお気を付けて!

🎬CYCLE CINEMA STORAGE🎬
#01 “自転車泥棒”
#02 “プロジェクトA”
#03 “明日に向かって撃て!”
#04 “少年と自転車”
#05 “居酒屋兆治”
#06 “ニュー・シネマ・パラダイス”
#07 “キッズ リターン”
#08 “PERFECT DAYS”
#09 “クレイマー、クレイマー”
#10 “E.T.”
#11 “ガチ星”
#12 “イエスタデイ”
#13 “少女は自転車にのって”
#14 “関心領域”
#15 “アンゼルム”
#16 “男はつらいよ”


Profile

Text_井上英樹/Hideki Inoue
兵庫県尼崎市出身。ライター、編集者。趣味は温浴とスキーと釣り。縁はないけど勝手に滋賀県研究を行っている。1カ所に留まる釣りではなく、積極的に足を使って移動する釣りのスタイル「ランガン」(RUN&GUN)が好み。このスタイルに自転車を用いようと、自転車を運搬する為に車を購入した(本末転倒)。

Illusutration_Michiharu Saotome

CULTURE
CYCLE CINEMA②
『プロジェクトA』 至極の自転車チェイスに浸る

90年代初頭の中国は、今の中国の風景とまるで違った。朝夕には「中国名物」と言われた自転車ラッシュアワーを見ることができた。当時は多くの人々が通勤に自転車を利用していた。数千の人々が同じ道を走る様子は圧巻だった。しかも、ほぼ同じ車種で色も同じだったため、ある種の調和があった。『鳳凰』と『永久』という上海のブランドが人気だったように思う。生活を支える交通手段だったので、タフで重厚感のある自転車だった。

#Column #Cinema
CULTURE
CYCLE CINEMA⑰
『国宝』
美しさと恐ろしさの間で

ある歌舞伎役者をインタビューする機会があった。指定された茶室で正座をして窓から外を見ていると、着物姿の人が現れ空を仰ぎ見た。さながら映画のような風景だった。まもなくして茶室に役者が現れた。ふと、私を見て「正座、慣れてないでしょう。どうぞ、足をお崩しになって」と優しく言った。 人間国宝でもあるその役者は、歌舞伎に詳しくない私の質問のひとつひとつに時間をかけ、丁寧に答えてくれた。人間国宝とは、国の「重要無形文化財」に指定された伝統芸能や伝統工芸の分野で、「わざ(技能)」を最高度に体得・実践している個人を指す通称だ。歌舞伎の世界に血筋を持たず、外から歌舞伎の世界に入ったこの役者の苦労はいかほどのものだっただろう。取材は数時間だったけれど、その僅かな時間でも佇まいの美しさや言葉遣い、歌舞伎に対する情熱が伝わってきた。それと同時に、ここに至るまでの努力や時間を想像するだけで恐ろしくなった。この人の美しさは同時に恐ろしさも内包していると感じた。 『国宝』は吉田修一による同名小説の映画化。血筋が支配する歌舞伎の世界に飛び込んだ一人の青年の物語だ。舞台は1960年代の長崎から始まる。任侠の一門に生まれた喜久雄は美しい顔を持つ少年だった。しかし、抗争によって父を亡くし、15歳にして天涯孤独となってしまう。そんな彼の天性の才能を見抜いたのが、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎。半二郎は喜久雄を引き取り、喜久雄は歌舞伎の世界へ飛び込むことになる。 そこで出会ったのが、半二郎の息子・俊介。生まれながらに将来を約束された俊介と、任侠の血を引く喜久雄。正反対の血筋を受け継ぎ、生い立ちも才能も異なる二人だが […]

#Cinema #Colunm
CULTURE
CYCLE CINEMA⑬
『少女は自転車にのって』
女性が自転車に乗れない世界の物語

映画のおもしろいところは、多様な世界を見せてくれることだろう。マフィアの血の歴史を。遠い星で起こった戦争を。殺し屋と少女の出会いを。幕末の侍の生涯を。絶体絶命の兵士を。湖畔で襲いかかる殺戮者との戦いを。国境や時代、時空を越えて、私たちに驚きと感動を与えてくれる。 『少女は自転車にのって』(2012年)はアカデミー賞外国語映画賞やヴェネツィア国際映画祭国際映画祭にノミネートされたサウジアラビア映画(ドイツ共同制作)。監督と脚本を担当したハイファ・アル=マンスールはサウジアラビア初の女性映画監督だ。 物語はサウジアラビアの首都リヤドで始まる。主人公は10歳の少女ワジダだ。頭の回転が速く、小銭を貯める能力に長けている。その彼女の夢は自転車に乗ること。お金を貯めて自転車を買い、男友だちと自転車競走がしたいのだ。これを聞いた人は「はいはい、途上国の貧困映画ね」と思われるかもしれない。違うのだ。彼女の家はおそらく中流家庭より上。素敵なリビングには大型テレビやゲーム機がある。母の仕事の送り迎えにはドライバーがいる(乗り合いだけど)。基本的に生活には困りごとはない。両親は真面目に働き、彼女に愛情を注いでくれる。お金に困っていないのに、なぜ自転車を買えないのか。それは、女の子が自転車に乗ってはいけないから。 私たちの常識から考えると驚きの女性差別が劇中に登場する。学校でも大きな声で話してはいけない(男性に聞かれてはいけない)。顔や体のラインがわからないようヒジャブなどで覆わなくてはならない。婚姻前の年頃の男女が外で会ってはならない。ラジオでロックを聴いてはいけない(これは女性だからというわけでは […]

#Cinema #Colunm