
〜紀伊山地、熊野古道、オフロード〜
和歌山の海と山を遊ぶライドの2日目は帰路のフェリー時刻を考慮し、朝6:30という早暁の出発を選択。太陽が本格的に牙を剥く前の涼やかな午前中だけで楽しむライドだ。1日目の深緑とは対照的に、今日は和歌山が誇る紺碧の海景色との邂逅が待っている。
Text_Ryuji Ise
Photo_Tatz Shimizu
コース概要
起点:波満の家
ルート:白崎方面へ海岸線北上→内陸部を美浜町方面へ南下→紀伊日ノ御埼灯台→海沿いの道を北上して宿へ戻る時計回りの周回コース
総距離:58.23km
タイム:3時間6分
獲得標高:733m
特徴:変化に富んだ設計で、リアス式海岸の絶景を満喫
二日目のルートの計画段階で興味深いことに気づいた。西向きのリアス式海岸と内陸の街という条件が愛媛県西予市の海岸地形と酷似しているのだ。地理的特性の類似が風土や景観にどのような影響を与えているのかという視点もこのルートを走る楽しみの一つとなった。
目次
1. 朝6:30、涼風と共に始まる海岸ライド
2. 由良海釣り公園〜瀬戸内海文化圏との共通性を発見
3. 立巌岩〜天然の額縁が織りなす絶景アート
4. 内陸部へ〜暗闇のトンネルと地元の純喫茶
5. 最西端への挑戦〜紀伊日ノ御埼灯台
6. 旅の終わりに〜立ち寄り温泉「みちしおの湯」
僕らは定刻通りバイクに跨り走り始めた。昨日の疲れは身体の奥底に沈殿しているけれど、旅先の早起きはまるで魔法にかかったように苦にならなかった。早朝の海岸線には散歩を楽しむ地元住民やビーチキャンプを満喫する家族連れの姿が点在し、週末の穏やかな時間が流れている。彼らの表情に触発され、僕らも自転車を降りて潮風を全身で受け止めた。
由良の海上自衛隊基地では、民間では滅多に目にできない潜水艦の威容が停泊しており、ミリタリー好きの僕の心を掴んで離さない。予定外の立ち寄りが幾度となく発生するが、時間的制約がある中でも、こうした偶発的な出会いを大切にしてこそが旅なのだ。
この日最初の目的地である由良海つり公園は、由良湾に40mほど伸びる浮桟橋のネットワークから年間を通じて多種多様な魚種が狙える関西屈指の海釣りメッカだ。
海中に設置された筏から肉眼でも豊富な魚群が確認でき、その生態系の豊かさに驚嘆した。紀伊水道と熊野灘の境界に位置するこの海域は、黒潮の影響を受けて魚種が豊富で、アジ、イワシ、サバなどの回遊魚から、チヌ、グレなどの磯魚まで幅広く狙うことができる。
「帰郷したら久しぶりに釣り竿を握ってみよう」という想いを抱きながら、釣り人たちに別れを告げた。
由良から白崎へのアプローチは、見通しの良い海岸沿いの道が続く。交通量が極めて少なく、サイクリストにとって理想的な環境だ。適度なアップダウンや穏やかで豊かな海の生態系など、筆者の地元、愛媛県西予市との地理的な類似点を数多く感じながら、初めて走るルートなのに既視感のある不思議な感覚を味わった。
心地よい潮風を切り裂いて快走していると、海上に巨大な白い岩塊が姿を現した。和歌山県を代表する景勝地、白崎海岸の立巌岩(たてごいわ)である。1,500万年前の海底に堆積した石灰岩が隆起してできた高さ約25m、幅約10mの巨岩だ。
海面から聳え立つ石灰岩の巨岩には、波浪の浸食によって形成された大きな穴が穿たれており、その雄大な佇まいは圧巻の一言。偶然にも沖合を航行する漁船を岩穴に収めた写真を撮影できたが、天然の額縁効果によって海洋風景が一幅の絵画のように演出される。
この一帯は石灰岩の露出地帯として地質学的にも貴重な価値を持つ。かつては採石場として、戦前には軍事施設として活用された歴史を持つ白崎海洋公園も隣接。石灰岩特有の白色と海洋の深い青色が織りなすコントラストは、自然が創造した芸術作品のようだった。
白崎を後にした僕たちは日高町の内陸部にある街へ向かった。内陸部へのアプローチは交通量の多い国道42号線を避け、明治22年に開通したとされる旧国道由良洞隧道を選択した。この判断が功を奏し、蛇行しながら続く山道は変化に富んだ楽しいライドを提供してくれた。
由良洞隧道(ゆらどうずいどう)は全長約300メートルの古いトンネルで、現在の国道42号線が開通する以前の主要交通路だった。明治時代の土木技術で掘削されたこのトンネルは、当時の交通事情を物語る貴重な遺産でもある。
トンネル内は照明設備が皆無で、前照灯なしでは通行不可能な完全暗闇の空間だった。ひんやりとした空気に包まれた真っ暗なトンネル内で小さな冒険気分を味わい、小嶋君が「夜中に一人で来たら絶対通れないな」と怯えていた。
トンネルを抜けて街に降り立つと、ちょうどモーニングタイムという絶好のタイミングだった。気温も十分に上がっており、アイスコーヒーで喉を潤したい気分にかられ、ふと目に入った喫茶店「いちりん」の扉を開けた。
店内は朝から地元住民がモーニングタイムを満喫している、典型的な地域密着型の喫茶店だった。昭和の香りが漂う店内では、常連客同士が世間話に花を咲かせている。優しい女将さんの「いらっしゃい」という挨拶に包まれ、手作りのモーニングセットとアイスコーヒーがまるで母の手料理のような温かさで、時間が軽やかに流れるくつろぎの空間だった。
モーニングの後は、紀伊半島最西端の地、紀伊日ノ御埼灯台へと足を伸ばした。この灯台は1890年(明治23年)に初点灯した歴史ある灯台で、現在の灯台は1959年に改築されたものだ。高さ約19メートルの白亜の灯台は、紀伊水道を航行する船舶の安全を120年以上にわたって見守り続けている。
この灯台までの登り坂は今回の旅で最大の試練となった。登り口から灯台の広場までは2kmという短い距離で、前日の生石高原までの道のりと比べるとたいしたことはないが、平均勾配9%という数字が示すように、まさに壁を登るような急坂だった。さらに日陰が少なく、容赦なく照りつける太陽との戦いでもあった。
自転車で走っているというより登山家になったかのような気持ちで、息も絶え絶えに灯台までたどり着く。最後は自転車から降りて、巡礼者のように歩いてしまったが、灯台の広場から見える水平線は美しく、紀伊水道から吹き上げてくる海風は天然の扇風機のようにオーバーヒート寸前の体を労ってくれた。
紀伊日ノ御埼灯台から南東に見える長い海岸線は煙劇ヶ浜といい、幅約 500m、全長約6km にも及ぶ雄大な松林が続き、優れた景観として知られている。特に夕日が沈む時間帯の美しさは格別だ。
これで旅の目的の最後のピースがはまった。あとは海岸線のジェットコースターのようなアップダウンを駆け抜け、宿へ向かうだけだ。
2日間遊び尽くした体はもうヘトヘトだったが、旅の充実感と多幸感に浸りながら残り少ない旅路を噛み締めて走った。
宿の近くに戻ると、早朝にはいなかった人々が海水浴場を賑やかに彩る姿があった。その光景はまるで旅のエンディングのように、我々を哀愁の気持ちに浸らせた。宿に隣接する銭湯「みちしおの湯」で汗を流し、綺麗な海が一望できる露天風呂でお互いに旅の思い出を時間が許す限り語り合った。
エピローグ
和歌山の大自然を堪能した2泊3日のひと夏の思い出。今回は比較的マイナーなローカルエリアを楽しんだが、白浜や高野山、熊野古道など、和歌山には著名な観光地がまだまだ眠っている。
日常という名の現実に戻る前に、もう一度この地を訪れることを心に誓いながら、フェリーのデッキから紀伊半島の山々を眺めていた。時間を見つけて、またぜひ訪れたい——そう思える、充実した旅だった。
🚲立ち寄りポイント一覧
由良海つり公園 https://yura-wakayama-kanko.jp/tsurikouen?utm
立巌岩 https://yura-wakayama-kanko.jp/tategoiwa?utm
由良洞隧道 https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/infratourism/assets/pdf/meiji/kinki020.pdf
喫茶店いちりん https://www.instagram.com/ichirin_kissa/
紀伊日ノ御埼灯台 https://www.guruwaka.com/hinomisaki/
みちしおの湯 http://www.town.wakayama-hidaka.lg.jp/docs/2014090300085/
🚲有田川町までのアクセス ルート例
>関西方面から(大阪・京都・神戸など)
出発地:大阪(JR大阪駅/天王寺駅)
JR天王寺駅 または 新大阪駅発(特急くろしお号白浜行き)→藤並駅下車
*所要:約1時間30分
*藤並駅は有田川町の最寄り駅
>関東方面から(東京・横浜など)
出発地:東京駅
東京駅発 → 新大阪駅下車(東海道新幹線「のぞみ」約2時間30分)
新大阪駅発(特急くろしお号白浜行き)→藤並駅下車
*所要:計約4時間
*特急くろしお号の一部は藤並駅を通過しますので予め時刻表でご確認ください
出発地:羽田空港
羽田空港 → 南紀白浜空港(JAL 約1時間)
*白浜からレンタカー、または特急で藤並まで戻る(やや遠回りルート)
Profile
Writer
Ryuji Ise/高校生の頃から自転車競技に打ち込み、過去に自転車専門誌の編集やウェアメーカーで勤務していた。2022年に愛媛に移住し、アパレル関係の本業の傍らでインバウンドサイクルツーリズムに関わるガイド業を行っている。
Photographer
Tats Shimizu/フォト&ビデオグラファー、自転車メディア『LOVE CYCLIST』編集長。スポーツバイク歴12年。ロードバイクを中心としたスポーツバイク業界を、マーケティング視点を絡めながら紐解くことを好む。国内外の自転車にかかわるブランドの撮影を多数手掛け、幅広い交友関係を持ち、メディアを通じてさまざまなスタイルの提案を行っている。メインバイクはStandert(ロード)とFactor(グラベル)。
投稿日:2025.08.08