CYCLE CINEMA⑥
『ニュー・シネマ・パラダイス』
自転車がつなぐ2人の関係

30年ほど前のイタリア映画(フランスとの合作)にもかかわらず、映写技師と少年の物語である『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988年、ジュゼッペ・トルナトーレ監督)は、いまだに集客力のある人気映画だ。

舞台は第二次世界大戦後のイタリア・シチリア地方。当時のフィルムは大変燃えやすく、映写室内は火気厳禁が当たり前で、ある条件下で自然発火するという恐ろしいものだった。不燃性フィルムへと切り替わるまでに、貴重な人命やフィルムが多く失われたという。当時の映写技師は、危険を顧みないやくざ者の仕事だったのかもしれない。

カトリック教会の力が強かった当時のイタリアでは、宗教上不適切なシーンがあるとフィルムにハサミを入れられてしまう。なかでもキスシーンは御法度だった。試写室には切り取られたフィルムがうち捨てられていた。敗戦後、貧しい生活を強いられていた人々はそんな検閲後のつぎはぎ映画でさえも熱狂していた。利発で映画好きの少年トトは映写技師のアルフレードが大のお気に入り。戦地から帰らぬ父への不安を埋めるためか、ことあるごとに映写室に忍び込む。しかし、アルフレードはトトを追い払うのだった。「お前はここに来てはいけない」と。

ある日、トトはお使いのお金で映画を観てしまう。子どもの悪事は親にばれる運命にある。トトは映画館前で母に叱責される。アルフレードが機転を利かせてトトを助け、それがきっかけで2人は絆を深めていく。アルフレードが自転車で通り掛かると、嫌々ながら教会の仕事を手伝っていたトトは仮病を使い「もう歩けない」と泣く。トトはアルフレードの自転車に乗せてもらい、仕事をさぼることができた。2人が自転車に乗るシーンはまるで家族のようだった。トトは戦地で父が死んだことを子どもながらに察知しており、アルフレードに父性を求めたのかもしれない。

ここまではほのぼのとした映画なのだが、ついに悲劇が起こる。フィルム火災事故が起こりアルフレードは視力を失ってしまうのだ。見よう見まねで仕事を覚えていたトトはアルフレードの仕事を継ぎ、映写技師になる。しかし、アルフレードは言う。

「これはお前のやるべき仕事ではない。今、映画とお前はうまくいっている。だが、長続きはしない。お前にはほかの仕事が待っている。別の大きな仕事だ。俺は視力を失ったが、前より見えるようになった」。青年となったトトは故郷と別離し、ローマへと向かう。

故郷からの知らせを受け、トト(もはや少年時代の名前で呼ぶ人もいないが)は30年ぶりに帰郷する。そして、アルフレードの妻からあるものを渡されるのだ。これは映画史に残るとても有名なシーンなので、ご記憶されている方も多いだろう。

本作ではあまり自転車は登場しない。しかし、少年トトと老人アルフレードが年齢を超えた友情を結ぶシーンに橋渡しとして自転車が使われている。本作品のポスターにも2人が自転車に乗るシーンにも使用されている。とても美しいシーンだった。2人が自転車に乗る、幸せの瞬間をご覧いただきたい。

Text_井上英樹/Hideki Inoue

兵庫県尼崎市出身。ライター、編集者。趣味は温浴とスキーと釣り。縁はないけど勝手に滋賀県研究を行っている。1カ所に留まる釣りではなく、積極的に足を使って移動する釣りのスタイル「ランガン」(RUN&GUN)が好み。このスタイルに自転車を用いようと、自転車を運搬する為に車を購入する予定(本末転倒)。

Illusutration_Michiharu Saotome

CULTURE
CYCLE CINEMA⑦
『キッズ・リターン』
闇の先に向かってペダルを踏み続けよ

北野武監督作品はヤクザ映画の印象が強い。『その男、凶暴につき』や『アウトレイジ』の影響だろうか。が、そのラインナップを見てみると、バイオレンス作品に挟まれながら『あの夏、いちばん静かな海。』『菊次郎の夏』『座頭市』などの多様なスタイルの作品を生み出していることがわかる。北野武監督はコメディアンであるビートたけしと共に静と動という両極を描くことのできる監督だ。多様な作品群のなかでもボクシングを題材とした『キッズ・リターン』(1996年)は異色の作品だといえる。スポーツ映画、青春劇、喜劇、悲劇、ヤクザ映画など、観る人や世代、背景によって主となるテーマの捉え方が変わるのだ。

#Cinema
CULTURE
CYCLE CINEMA⑨
『クレイマー、クレイマー』
はじめて自転車に乗った瞬間、誰といたか

アメリカン・ニューシネマという映画のムーブメントがあった。『俺たちに明日はない』『卒業』『イージーライダー』『未知との遭遇』『地獄の黙示録』といった1960年後半~70年代にかけて発表された作品群だ。若手監督が多く起用された理由もあるのだろう、社会や政治に対してのメッセージやある種の批判的な視点を取り入れていて、従来のエンターテイメント映画とは異なるアプローチをしている。アメリカン・ニューシネマは若い世代に熱狂的に支持され、その後の映画に大きな影響を与えた。 『クレイマー、クレイマー』(1979年)もアメリカン・ニューシネマの作品。ストーリーはシンプルで離婚した夫婦と子どもの物語だ。オリジナルタイトルは『Kramer vs. Kramer』なので、裁判劇ということがわかるだろう。物語はヴィヴァルディの『マンドリン協奏曲 RV 425』の軽快な音楽で始まる。その軽快な音楽と対比するかのようにメリル・ストリープ演じるジョアンナの表情は暗い。今まさに、彼女は息子のビリーを置いて家を出ようと決心していたのだ(ほぼセリフもなく、表情だけで思いを伝えるメリル節が炸裂している)。そんなことも知らず、テッド(ダスティン・ホフマン)が仕事から帰ってくる。彼の頭の中は仕事のことでいっぱいだ。ジョアンナは明確な理由も告げぬままテッドと別れると言い、家を出て行く。すぐに戻るだろう。テッドは軽く思っていた。しかし、彼女は戻ってこない。ジョアンナに任せきりだった家事をなんとかこなしながら、子育てと仕事に奮闘していく。テッドは彼なりに子育てを懸命にする。しかし、ビリーは母が去った寂しさをテッドにぶつける。心 […]

#Manhattan
CULTURE
CYCLE CINEMA③
『明日に向かって撃て!』 悲劇前、自転車に乗る軽やかな時間

時折、素晴らしい映画の邦訳に出合う。例えば『An Officer and A Gentleman』(将校と紳士)は『愛と青春の旅立ち』。若さと愛が溢れている。観たいじゃないですか。『THE BODY』(死体)は『スタンド・バイ・ミー』。「死体の時のリバー・フェニックスは大スターの片鱗があったよね」なんて言わなくてよかった。挿入歌であるベン・E・キングの名曲から取った良いタイトル。

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