
途切れることない勢い、逆風、そしてタコス
日本を代表する浮世絵師、葛飾北斎の「富嶽三十六景」(実際は四十六点)の景色をめぐって行く自転車旅の第二弾。前回は富士山のお膝元である静岡県富士市を回るサイクリングコースをご紹介しました。
今回の舞台は静岡から神奈川、東京を飛び越えて千葉県です。
メインとなるスポットは「富嶽三十六景」の顔ともいえる作品「神奈川沖浪裏」。神奈川沖を写しつつ富士山を収めるには東京湾上か千葉県側から見るしかありません。
「神奈川沖浪裏」を筆頭に「上総ノ海路」「登戸浦」と千葉県を舞台としたスポットを巡るサイクリングを紹介します。
*TOPの作品は葛飾北斎作「登戸浦」
*掲載されている葛飾北斎の作品画像はメトロポリタン美術館より入手しています
Text&Photo_Hokokara
目次
1. 「上総ノ海路」(かずさのかいじ/かいろ/うなじ)
2. 「神奈川沖浪裏」(かながわおきなみうら)
3. 海の幸フライを堪能する
4. ここは千葉フォルニア
5. 「登戸浦」(のぼとうら)
今回のスタート地点は千葉県、富津市内に位置する富津公園。JR内房線の青堀駅、もしくは大貫駅から自転車で30分ほどの距離です。公園内にある富津岬の先端を目指して漕いでいきます。
酷暑はなはだしい昨今は朝とは言えど日差しが厳しく感じられますが、富津公園内はクロマツ林の木陰のおかげで快適なライド。富津岬全体が公園として管理されており、整備された舗装路が気持ちよく自転車を走らせてくれます。
富津公園第3駐車場まで辿り着けば、ほぼ岬の先端へ。車で来られる方はここまで乗り入れるのが最もアクセスが良いでしょう。
真ん中にポツンと浮かんだ小島のようなものは、第一海堡(かいほう)と呼ばれる、明治から大正にかけて首都防衛のために造成された人工島です。この第一海堡越しに富士山が見えるはずなのですが、前回に引き続き富士側はこの曇り空。晴れていようとも容易には姿を見せてくれません。
とはいえ富士が見えずともなかなかの佳景。東京湾のほぼ中央に位置し、首都防衛上、重要な役割を担った富津岬という歴史的背景まで鑑みれば海堡を望むこの海景色はなんとも味わい深いものです。
雲に隠れている以上に千葉県まで来てしまうとそもそも距離的に大きな富士山は望むべくもなく。富嶽三十六景の「上総ノ海路」においても富士山は全く主題ではなくあくまで風景の一部として描かれるのみです。
とはいってもそこは北斎の構図の妙か。大きな貨客輸送の木更津船の帆と帆綱、さらには丸く弧を描いた水平線の成す三角に囲まれた富士山には否が応でも視線が行き存在感抜群です。
五葉松をかたどった明治百年記念展望塔にのぼるとさらに素晴らしい眺望が得られます。上から眺める富津岬に、三浦半島。岬の先端の展望塔なだけあって強く吹く潮風も気持ちが良いです。
北斎の代表作、というだけに止まらず日本絵画としても世界に絶大な認知度を誇る「神奈川沖浪裏」の写真もここで頂いていきましょう。
神奈川沖というのは現在の横浜市神奈川区沖、つまり東京湾の神奈川湊付近のことを指します。「浪裏」というように波の裏側をのぞき込むような構図の一枚です。描かれている船は押送船という、江戸市中に鮮魚を運ぶための快速小型船です。船員は強大な自然の猛威の前にただひれ伏すばかり。不動の富士に荒れ狂う波という静動の対比が巧みなこの絵ですが…
それが実際に撮れるかというとまた別の話。神奈川沖を望む位置にはいますが少々風が強いくらいで波は比較的穏やかなものです。実際に神奈川沖浪裏のような波が撮れるシチュエーションであれば避難勧告が出ていることでしょう。
雰囲気だけでも味わうために小波にフォーカスしてシャッターを切ります。
今回は1/5000秒のシャッタースピードでパシャリ。絵にあるようなかぎづめの現れた波を収めることができました。恐ろしいのは北斎の観察眼。この刹那の時間にしか現れない波の表情を一眼レフのない時代に肉眼で捉えて描いたということですから。
富津岬を発ったら東京湾に沿って北上します。国道16号線は恐ろしく道が広く自転車も余裕をもって走れます。さすがは浦安市から富津市まで連なる京葉工業地域の真っただ中。物流の大動脈なだけあって道の広さも相応です。
前回の駿河湾沿いを走るサイクリングのように湾の際を走れるところばかりではないので海や緑地といった100%の自然を体感することは難しいのですが、巨大な橋や、海上運送に使われるガット船(砂、砂利、石材等の工事用資材を輸送する作業船)など目を引く人工物が多くあり、産業の街としての千葉県を深く感じられるコースです。
木更津市に入り時刻は11時。少々早いですがここらで昼食にします。入店したのは地元の料理屋さん「旨い処 房味」です。まだお昼どき前だというのに駐車場は満杯で大賑わい。下調べをしていたわけではありませんが、とても人気のお店のようです。
頂いたのは日替り房味定食。チキンカツに海老・イカ・魚のフライがついたボリュームたっぷりの定食。木更津といえば浜焼きなどの海鮮グルメが有名ですが、図らずも私も海の幸満点の料理にありつくことができました。
お味の方は…
駐車場が満車なのがよくわかりました。繁盛するお店はシンプルに料理が絶品。また木更津に来た際にはこちらに寄りたく思います。大変美味しかったです。
湾岸に沿って走るためにいったん国道16号から抜けて県道87号に入り北上を続けます。海に目をやると干潟が出来ていました。ここは牛込海岸潮干狩場あたり。たくさんの表情を海が見せてくれて楽しいです。
海浜公園通りに入るとヤシ並木が特徴的な直線道路に。アメリカ西海岸のような景観から千葉フォルニアなどと呼び親しまれているのだとか。
海浜公園通りを進むと大きな展望塔が目印の「袖ケ浦海浜公園」に到着です。富士山と神奈川沖の位置関係的に、ここ袖ケ浦海浜公園から見ると「神奈川沖浪裏」の絵に近い写真が撮れるのではないかと思い選定したスポットでした。
眺めの良さは申し分なし。しかし手すりがあり波に寄って写真は撮れず。三十六景スポットとは関係なしに非常に景観の良い公園なので、東京湾沿いを走る機会があればぜひ寄っていただきたいおすすめスポットです。
袖ケ浦海浜公園を出たら一気に街中へ。街路樹を潜り抜けて千葉県のシンボル「千葉ポートタワー」へ参ります。
本日最後の三十六景は「登戸浦」です。登戸は現在の千葉県千葉市中央区登戸。今では埋め立てが進んだこの地区ですが、かつては絵のように海岸線に近い地域でした。先ほどの牛込海岸潮干狩場あたりのように潮干狩りにいそしむ人々が描かれています。
ポートタワー裏手のポートパークビーチプラザでは今でも砂浜の散策、貝ひろいを楽しむことができます。
ポートタワーの一階で小休止。ここでは千葉県産生乳を100%使ったソフトクリームを食べることができます。火照って疲れた体に冷たい甘味は沁みます。
お次は千葉ポートタワーから自転車を10分ほど走らせて登渡神社へ。登戸浦で潮干狩りをする人々以上に目を引くのが大小二つの鳥居ですが、この鳥居は登渡神社のものであるという説があるので実際に参拝しに参りました。
「登戸浦」に倣って鳥居から静岡方面に向かってパシャリ。絵のような海中鳥居の面影はありませんね。一説にはここから北西に4㎞ほど離れたところにある稲毛浅間神社の鳥居が登戸浦の鳥居のモデルではないかという説もあります。
登渡神社を後にして千葉駅にてゴールです。私はここから君津駅まで電車で移動し、再び自転車でスタート地点の富津公園まで戻ります。
北斎が描いた三十六景の面影を探すサイクリング、いかがでしたでしょうか。歴史と自然、そして産業の息づく風景は非常に見ごたえがありました。次回もまた北斎の目を借りて素晴らしい景色をお届けできればと思います。
🚲公式サイト
旨い処 房味 https://localplace.jp/t100510280/
袖ケ浦海浜公園 https://sodegaura-kaihinpark.com/
千葉ポートパーク https://chiba-portpark.com/guide.php
登渡神社 https://www.towatarijinjya.com
Profile
Hokokara
宮崎県出身。山と神社をテーマに全国を巡る旅を続けるブロガー。過去には自転車で日本一周を達成し、現在は「ひのもと行脚」にて登山や歴史、風景にまつわる記事を発信している。今後は海外にも取材のフィールドを広げ、日本と世界の魅力を発信していく予定。
ブログ「ひのもと行脚」 https://fawtblog.com/
投稿日:2025.09.05