The Japanese Odyssey Report Season 2
クレイジーな旅が再び〜2025年へ漕ぎ出す〜 #06
300km/日の最速エンジニア 🇬🇧
禁欲のバイク中毒者(主催者その2) 🇫🇷
“ハルキスト”なルートメイカー(主催者その1) 🇫🇷

2025年の秋に開催されることが決定したThe Japanese Odyssey(以下、TJO)第二弾、今回は2016年イベント最速の男とフランスからやってきた主催者二人のライド哲学や装備のこだわりをお届けします。ウルトラロングライドの挑戦に興味がある方は必見!彼らのバイクパッキングも参考に、一緒に走ってみませんか?

*前回のエッセイはこちら

300km/日の最速エンジニア/TOM WILLARD(England)

出走前も早朝の日本橋に一番乗りし、そのまま2016年TJOダントツの所要10日間でゴール地の道頓堀に到達したのは、ポールトゥウィンの英国人、トムさん。GPSの記録で1日300km超を走るペースは、この年の最速。ふだんから、在住の南ロンドンに拠点するオダックス(ブルベを開催する)に籍を置き、週末を中心に日に2~300kmを走るランドナー。笑顔の明るさ、実直な語り口の彼に、日本を走った印象を訊ねると、なぜか日本の工業技術の偉大さについて熱めに語り始めました。「日本の自然の景色マッチした、橋梁、道路、トンネルが素晴らしかった。工法も興味深かったね。話は違うけど家電も最高。景色もさることながら日本は技術力が素晴らしい」と。電気系エンジニアでフルタイムワーカーとのことで、なるほど腑に落ちました。TJOのルートは、多くの川を渡り、山間深く分け入り、交通治水の核心的構造物の多くを横目に駆け抜けていきます。構造物、地形、歴史好きなある種の人々にはたまらない、自転車版ブラタモリルートでもあるので、トムさんはそんなところにも惹かれたのでしょう。
愛車はSPECIALIZED、野心的グラベルバイクDIVERGEのフルカーボンのディスクロードモデル。スルーアクスル仕様は、走行安定性も高いと高評価。ホイールはカーボンクリンチャー。最終盤で前輪組み付けの発電ダイナモハブにガタが出て少々困ったそうですが、それ以外大きなトラブルはなく、無事そして最速で完走。
2016年はウルトラレースの機材は各人が試行錯誤の発展途上期でしたが、ダイナモハブにUSB端子、大光量ライトやGPS機器など、2024年現在でも実戦的ウルトラディスタンスバイクの教科書的セッティングにすでに至っているのが。しかし当人は必要に迫られ電気的なギミックを使っているけど、ほんとは電気機器がないほうが好きなんだ、と。電気技師にも関わらず。バッグ類は当時アピデュラと双璧を成したREVERATE DESIGNSで統一です。

The Japanese Odyssey_Organizers no.2
禁欲のバイク中毒者/GUILLAUME SCHAEFFER(France)

フランスはパリの東方、ドイツ国境にほど近い都市ストラスブールで生まれ育ち、大都会パリに出てデザイナーとして活動後、故郷に戻り、現在は先輩であり相棒エマニュエルのメッセンジャーカンパニーで活躍しているギョーム。TJO言い出しっぺの先輩エマニュエルと、文字通り二人三脚で“ジャパニーズオデッセイ”の影のオーガナイザーを務めます。大雑把で天才肌のエマニュエルに対し、細かい実務や、オフィシャルデザイン全般を担当しているマメ男。シャイで無口ですが、SNSを介して情報発信や、参加者の安否確認など細々した、しかし大切な役回りの多くを取り仕切っています。 また普段は菜食主義者で、タバコも吸わない禁欲生活を送る一方、自転車に関しては、参加者中一番の中毒者。一目瞭然、ひじょうにマニアックな自転車は、好きなパーツをコツコツ集め、2度目のTJOを想定して組み上げたそう。前年苦戦した反省から、前輪をディスクブレーキ化、フロントシングル+ギアの大型化、泥除けの装着と、乗り心地最優先の極太タイヤなど。中でもキモとなるフレームは90年代のDIAMOND BACK社のオールドMTB、重いクロモリフレーム(笑)。無口でシャイな人ほど、自転車そのものが多弁に語ってくれるとても良い例です。ちなみに、彼らがまとうのは2016年ジャパニーズオデッセイのオリジナルジャージで、日本の秋をイメージし、初回TJOを走った時に印象的だった日本の銀杏の葉をモチーフとして、ギョームがデザインしています。日本の美にフレンチエスプリが効いています。協賛のCHAMPION SYSTEM社より参加の証として参加者全員に提供されました。

The Japanese Odyssey_Organizers no.1
“ハルキスト”なルートメイカー/EMMANUEL BASTIAN(France)

フランスはパリの東、ドイツ国境にほど近い都市ストラスブールで、サイクルメッセンジャー業を営む、ご存知Japanese OdysseyオルガナイザーNo.1のエマニュエル。
重厚なフレンチサイクリングの伝統が当たり前のように染み付く故郷の地で、若くから自転車に夢中になり、その後新しいサイクルメッセンジャーカルチャー、ウルトラディスタンスムーブメントの渦中に揉まれながら、かねてよりの夢だった日本渡航とウルトラディスタンサイクリングを大胆に結合する“ザ・ジャパニーズオデッセイ”を、自らオーガナイズすることを思い付きます。
そうはいっても、スタッフはギョームとたった二人。大したプロモーションもできず、初年度の昨年の参加者は4人(主催者2名)。しかし、折からのウルトラディスタンスムーブメントの中、2回目の2016年は21名、TOKYO2020のジャパンツーリズムブームと相まって100人超えのエントリーを受けながら…、無念のコロナ禍突入に涙を飲みました。その年を“白紙の年”と銘打って、鋭意準備に費やし、2023年復活の年には、80名を超えるエントリー。初年から考えると、8年で成長率20倍。数字は小さくとも、彼の想いと、それを支える世界中のサイクリストの草の根ネットワークの固い結束に基づく結果は、偉大です。本人たちは至って謙虚実直なサイクリストで、商業主義に走らないのも、信頼を得ている証拠かもしれません。ウルトラディスタンスはそれ以前にフレンチサイクリングのブルベ伝統に依っていて、真摯なアマチュアリズムとボランティアスピリットが、サイクリストを動かしていることを、彼らは知っているのでしょう
また、多くのリピーターが彼の天才的なルートメイクの才能を手放しで称賛しており、参加するとその手腕を体感できますが、所要2000kmほど要します。
さて、なぜ日本なのか?の問いには、いつも何だかふざけてはぐらかしてきますが、日本文学が好きで、例えば芭蕉の俳句とか、村上春樹とか、そういう文学的体験からいつか日本を訪れたい、走ってみたいという想いを強めたそう。文学とサイクリング。フランス人らしいロマンチックな動機に、ハッとします。
これまでの公式HPを遡ると、テーマが芭蕉の奥の細道に触発されたものがあったり、言葉の表現も日本文学に触発されながらフレンチエスプリの効いた独特の味があり、英語ですが読んでみると面白いと思います。

Text&Photo_ Eigo Shimojo

次回も3名の強者をご紹介します。お楽しみに!


2016年のTJO概要
テーマ_日本百名山(榛名山、乗鞍岳、剣山、天狗高原、篠山など)
ルート概略_東京・日本橋→群馬県→長野県→奈良県、三重県→山陰地方→徳島県、愛媛県、高知県→大阪・道頓堀
走行距離_約2,400km
獲得標高_約3,500km

🚴‍♂️The Japanese Odyssey Report Series
*第二弾連載はこちら
#01 夜明け前
#02 波、来たれり
#03 “Be prepared”
#04 動き出すドットたち
#05 CARLOS / DAVID / PASCAL
#06 TOM / GUILLAUME / EMMANUEL

第一弾連載はこちら
#01 ウルトラディスタンスという世界へ
#02 2015年、7月18日を目指す
#03 僕の「The Japanese Odyssey」元年へ
#04 クレイジーな設定
#05 “謎”の仕掛け人
#06 日本贔屓の引き倒し

🚴‍♂️The Japanese Odyssey 公式webサイト
https://www.japanese-odyssey.com/

Profile

下城 英悟
1974年長野県生まれ
IPU日本写真家ユニオン所属
2000年フリーランスとして独立、幅広く写真・映像制作を扱うグリーンハウススタジオ設立
ライフワークとしてアンダーグラウンドHIPHOP、世界の自転車文化を追いかける

EVENT
噂のThe Japanese Odysseyとは?#06
日本贔屓の引き倒し

目次 1 村上春樹、芭蕉2 ロマンチストたち 1 村上春樹、芭蕉 フランス人の日本贔屓といえば知られるところだが、日本と縁が無いと見えた彼ら(The Japanese Odysseyの主催者であるエマニュエルとギョーム)も、じつは日本の文化に魅了された者たちだった。特に二人の心を惹きつけたのは、欧州でも人気の高い村上春樹の小説群や、芭蕉の俳句といった日本的な叙情文学だったという。 2016年のレースのあとに、初めてインタビューした際、安易なツーリズムやエキゾチズムでは説明のつかない彼らの熱意に、驚いたものだった。文学的な情緒が異邦人の心に火を付け、見知らぬ地まで運んだとすれば、言葉のチカラは偉大と言わざるを得ない。この時点で二人は日本を訪問したことさえなかった。 故郷を走りながら日本への憧憬を育み、構想の実現に向けて動き始めたエマニュエルとギョーム。想いが爛熟した2015年の蒸し返す夏、彼らは、数こそ少ないが、企画に共鳴した仲間たちと車輪の上にいて、日本を走っていた。想いは、山をも動かす。 第一回「The Japanese Odyssey」が開催されたのだった。 2 ロマンチストたち サイクリストの多くは叙情的でロマンチストであると思う。孤独なサドルの上、流れる美しい景色に無言のまま身を委ね、おのおのなにやら饒舌な想いを抱えているものだ。 憑かれたように自転車を駆って目に見えない自由を追い、長い峠道に苦悶しながら、同時に得難い幸せを感じている。エマニュエルとギョームの例もそうだが、世界的なウルトラディスタンスレースのトレンドには、複雑な現代を生きるサイクリストたちの個々の想いが […]

EVENT
The Japanese Odyssey Report Season 2
クレイジーな旅が再び〜2025年へ漕ぎ出す〜 #05
ドイツ製パッキングシステムの男 🇩🇪
Tartarugaのフィニッシャー 🇦🇺🇯🇵
フレンチエレガンス極まれり 🇫🇷🇯🇵

さてさて、もうここではお馴染みの日本列島を舞台にしたウルトラロングディスタンスなライドイベント「The Japanese Odyssey」(以下、TJO)。1年あまりの沈黙を経て、2025年に開催、という告知がついに公式ウェブサイトに掲載されたのは昨年の秋のこと。そしてスタート地点は10年前の旅の始まりを創出した北海道へカムバック…との書き込みが。Amazing!2015年に外国人のみ6名のライダー参加から幕開け、その内容のクレイジーさがジワリと広まり2016年には21名の参加者となったTJO(この年も日本人参加者はおらず)。Global Rideの新年のスタートは、本格的なイベントの様相を見せた2016のTJO、参加ライダー12名の一人ひとりに迫ったフォトグラファーの下城英悟氏による連載レポートをお届けします。三者三様、十人十色のバイクパッキング、参加理由、ライドの様子からこのイベントが持つ真髄を感じていただけますように。 2025年、本年もナイスライドを共に。 *前回のエッセイはこちら ドイツ製パッキングシステムの男/CARLOS FERNANDEZ LASER (Germany) 2016年のジャパニーズオデッセイは、フィンランドの新興自転車メーカーのPelago Bicycles(ペラーゴバイシクル)とパートナーシップを結んでいたこともあり、ペラーゴ製バイクで参加するライダーが複数いました。スタイリッシュなモノトーンのオリジナルジャージに、印象的なヒゲと長髪、頭に巻いたバンダナがおしゃれなカルロスは、ペラーゴのライダー兼撮影クルーの1人。かのライカ社のサポートも受けるフ […]

EVENT
The Japanese Odyssey Report Season 2
クレイジーな旅が再び〜2025年へ漕ぎ出す〜
#01 夜明け前

日本列島を走りぬく、知る人ぞ知るウルトラロングディスタンスのライドイベント「The Japanese Odyssey(ジャパニーズオデッセイ/以下、TJO)」。Global Ride編集部が敬愛を込めて追跡している、謎めいたこのイベントが2025年に再び開催されるらしいと耳にした。早速webサイトをチェックすると、しばらく更新が途絶えていたTOPページには主催者からの開催予告メッセージが!あのクレイジーな旅*が2年越しに繰り広げられようとは、居ても立ってもいられない。いやいや、とはいえ、数千キロ、グラベルあり、完全自給自足のこの過酷なライドを、当日に向けてどう準備すればいいのか?かつての参加者は己の心身へのプレッシャーをどうやって乗り切ったのか? Be prepared for true solitude. 真の孤独に備えよBe prepared. 準備せよ 開催予告を前に、webサイトに掲載されている主催者のメッセージが漠然とのしかかってくる。 * 2016年に初開催されたTJOの全容を綴った第一弾に続き、参加ライダーそれぞれの個性と装備に迫る連載の第二弾をお届けします。書き手は再び、TJOを語る上で欠かせないフォトグラファーの下城英悟氏。自身もライダーだからこその、ライド愛溢れる鋭い視点を含んだエッセイをここから。 #01 夜明け前 さて、話を巻き戻して2016年、“ジャパニーズオデッセイ元年”から辿ろう。 出走日が間近に迫っていた。英語版の大会要項と、沈黙気味の公式SNSに辟易しながらも、情報を得るべくPC画面と首っ引き。そして都内で大会前のブリーフィングイベントがあるこ […]