噂のThe Japanese Odysseyとは?#06
日本贔屓の引き倒し


目次

1 村上春樹、芭蕉
2 ロマンチストたち

1 村上春樹、芭蕉

フランス人の日本贔屓といえば知られるところだが、日本と縁が無いと見えた彼ら(The Japanese Odysseyの主催者であるエマニュエルとギョーム)も、じつは日本の文化に魅了された者たちだった。特に二人の心を惹きつけたのは、欧州でも人気の高い村上春樹の小説群や、芭蕉の俳句といった日本的な叙情文学だったという。

2016年のレースのあとに、初めてインタビューした際、安易なツーリズムやエキゾチズムでは説明のつかない彼らの熱意に、驚いたものだった。文学的な情緒が異邦人の心に火を付け、見知らぬ地まで運んだとすれば、言葉のチカラは偉大と言わざるを得ない。
この時点で二人は日本を訪問したことさえなかった。

故郷を走りながら日本への憧憬を育み、構想の実現に向けて動き始めたエマニュエルとギョーム。想いが爛熟した2015年の蒸し返す夏、彼らは、数こそ少ないが、企画に共鳴した仲間たちと車輪の上にいて、日本を走っていた。
想いは、山をも動かす。

第一回「The Japanese Odyssey」が開催されたのだった。

2 ロマンチストたち

サイクリストの多くは叙情的でロマンチストであると思う。孤独なサドルの上、流れる美しい景色に無言のまま身を委ね、おのおのなにやら饒舌な想いを抱えているものだ。

憑かれたように自転車を駆って目に見えない自由を追い、長い峠道に苦悶しながら、同時に得難い幸せを感じている。エマニュエルとギョームの例もそうだが、世界的なウルトラディスタンスレースのトレンドには、複雑な現代を生きるサイクリストたちの個々の想いが大きく反映されていかもしれない。

このたった2人のコミッセール(自転車レースにおける運営委員)は、ルート策定やサイト運営などTJOにまつわる何もかもをたった2人で取り仕切ってきた。レースが始まれば、走りながらSNS経由で参加者と情報共有につとめ、リアルタイムに日夜大会を運営している。取材をしながら、無限に降りかかるトラブルも飄々とやり過ごし、熱意は決して失わない彼らの思いの強さに尊敬を抱いている。

あれから毎年、美しい紅葉が列島高地の山並みを染める頃、人知れず縦横に駆け抜ける人車一体の眷属、ケンタウルスたちの影がある。嬉しいことに、いまでは日本産ケンタウルスの影も濃い。コロナ禍の休止期間を耐えながらも2023年には早々復活して、通算6回目の開催を迎えた。

世界中のハードコアなサイクリストたちの温かいエールを受け、ファンやリピーターも多い、いまやウルトラディスタンスレースの大看板となっているのだ。いまだ日本での認知度は低いのであるが…


<噂のThe Japanese Odysseyとは? 完>


🚴‍♂️The Japanese Odyssey 公式webサイト
https://www.japanese-odyssey.com/

🚴‍♂️噂のThe Japanese Odysseyとは?
#01 ウルトラディスタンスという世界へ
#02 2015年、7月18日を目指す
#03 僕の「The Japanese Odyssey」元年へ
#04 クレイジーな設定
#05 “謎”の仕掛け人
#06 日本贔屓の引き倒し


Text&Photo_ Eigo Shimojo

Profile

下城 英悟
1974年長野県生まれ
IPU日本写真家ユニオン所属
2000年フリーランスとして独立、幅広く写真・映像制作を扱うグリーンハウススタジオ設立
ライフワークとしてアンダーグラウンドHIPHOP、世界の自転車文化を追いかける

EVENT
噂のThe Japanese Odysseyとは?#03
僕の「The Japanese Odyssey」元年へ

目次 1 変わらず見えない全容2 「ドット」ウォッチャー 1 変わらず見えない全容 年が明け、前年のリベンジに手ぐすねを引いて待つ僕に、第2回The Japanese Odyssey (以下、TJO)は随分優しかった。 公式サイトは情報の厚みが増し、細かなルート情報まで載っていた。 出発は日本橋。/The event starts at Nihonbashi. イベントの理念や概要といったテキストの端々に、開催地である日本に対する主催者の熱意と敬意が、前年にまして込められていると感じる。 英語版サイトのみなのは、やはり広くグローバルに参加者を募っているのだろう、これは他のウルトラディスタンスレースと同様だ。 しかし前年に続き日本語サイトは見当たらない。 そもそも主催に関して日本人は介在するのか、その余地はあるのか?という疑問符も、前年に続き点滅している。 ともかくなんとか全容を掴みたい。 この年は取材敢行を心に決めた。 2 「ドット」ウォッチャー 取材の事前準備として、まずルールを確認し、次に規定されたチェックポイントの精査と、ルートの予想に取り掛かった。 TJOの特色のひとつに、チェックポイント方式がある。 公式設定されたチェックポイント地点を全て通過(クリア)しないと、最終的な完走は認められない。 この通過を確認するため、参加者全員は出走前に貸与される公式GPSデバイスを自転車に取り付けて出走しなければならない。 GPSにより出走者全員のリアルタイムな位置情報が、インターネット上の公式トラッキングサービスが提供する地図情報の上に、個人アイコンとともに反映されるのだ。 これに […]

EVENT
噂のThe Japanese Odysseyとは?#05
“謎”の仕掛け人

目次 1 誕生の地、ストラスブール2 エココンシャスな仲間3 ウルトラディスタンスへ 1 誕生の地、ストラスブール さて、このあたりでTJOの主催者、謎掛けの真犯人について、すこし話すべきだろう。 世界最大の自転車レース、ツール・ド・フランスを擁するフランス。1791年にパリで自転車の原型が発明されて以来、その伝統と格式、そして誇りを、この国ほど体現し守ってきた国もない。ツールを頂点としながら、フランス全土で催されるレースやイベントの中には100年を超える歴史を持つものもザラだ。そういう文化的土壌が、かのブルベの様式や、その頂点パリ=ブレスト=パリなどを育くみ、世界の自転車文化を牽引してきたといえる。フランス人の中で、それは乗り物以上の存在と言えるのかもしれない。 さて、日本の自転車イベントの話が、なぜかフランスに飛んでしまったが、これには深いワケがある。 場所はフランスの北部、ドイツとの国境地帯アルザス地方の主要都市ストラスブール。この地で物語は始まった。自転車を楽しむに最適な、美しい丘陵が織りなすこの地に育ったエマニュエル・バスチャンとギョーム・シェーファーの2人が、なにを隠そうこの物語の編み手である。 2 エココンシャスな仲間 話は飛ぶが、90年代〜00年代初頭、北米のストリート発のサイクルメッセンジャーカルチャーが世界を席巻していた。サイクルメッセンジャーとは、簡単に言うと都市型自転車宅急便である。インディペンデントかつ実践的なサイクリストコミュニティに根ざしながら、創造的なDIY精神や、今日のSDGs哲学にも先駆けたエコ思想を、サイクリストの体一つで深め、体現しようと […]

EVENT
The Japanese Odyssey Report Season 2
クレイジーな旅が再び〜2025年へ漕ぎ出す〜
#01 夜明け前

日本列島を走りぬく、知る人ぞ知るウルトラロングディスタンスのライドイベント「The Japanese Odyssey(ジャパニーズオデッセイ/以下、TJO)」。Global Ride編集部が敬愛を込めて追跡している、謎めいたこのイベントが2025年に再び開催されるらしいと耳にした。早速webサイトをチェックすると、しばらく更新が途絶えていたTOPページには主催者からの開催予告メッセージが!あのクレイジーな旅*が2年越しに繰り広げられようとは、居ても立ってもいられない。いやいや、とはいえ、数千キロ、グラベルあり、完全自給自足のこの過酷なライドを、当日に向けてどう準備すればいいのか?かつての参加者は己の心身へのプレッシャーをどうやって乗り切ったのか? Be prepared for true solitude. 真の孤独に備えよBe prepared. 準備せよ 開催予告を前に、webサイトに掲載されている主催者のメッセージが漠然とのしかかってくる。 * 2016年に初開催されたTJOの全容を綴った第一弾に続き、参加ライダーそれぞれの個性と装備に迫る連載の第二弾をお届けします。書き手は再び、TJOを語る上で欠かせないフォトグラファーの下城英悟氏。自身もライダーだからこその、ライド愛溢れる鋭い視点を含んだエッセイをここから。 #01 夜明け前 さて、話を巻き戻して2016年、“ジャパニーズオデッセイ元年”から辿ろう。 出走日が間近に迫っていた。英語版の大会要項と、沈黙気味の公式SNSに辟易しながらも、情報を得るべくPC画面と首っ引き。そして都内で大会前のブリーフィングイベントがあるこ […]