TVプロデューサー河瀬大作 Bike New York参戦記!
恋するニューヨーク vol.6
それは人生最高のライドだった。

誰しも憧れの場所があるだろう。

僕にとってそれはずっとニューヨークだった。アンディ・ウォーホルやルー・リードが暮らし、ジョン・レノンが凶弾に倒れ、ブレイクダンスが生まれ、数えきれない映画の舞台になった街だ。

その街で開かれるロングライドのイベントがある。
FIVE BORO BIKE TOUR。通称、バイクニューヨークと呼ばれる。

マンハッタンからブロンクス、クイーンズ、ブルックリン、そしてスタテンアイランドまでの64kmのコース。交通規制により車を締め出して行われる。チケットは発売と同時に瞬殺。参加者は3万人をこえるという北半球最大のライドイベントだ。憧れの街を自分の自転車で走りぬけるなんて、考えただけでもワクワクする。

2024年5月5日の本番当日。
朝5時過ぎにホテルを出発。心配された雨は、降らなかったが、かなり寒い。長袖ジャージにジレ、ウインドブレイカーを羽織っていても、冷たい空気が刺すように入り込んでくる。
会場に着くと、映画でよく見る蒸気がもうもうと立ち上っている。そうそう、これこれ。こうでなくっちゃ。ここはニューヨーク。その寒さすら僕の心を踊らせるのだ。

会場には、すでに多くのライダーが集まっていた。

スタートラインの近くには、VIPエリアが設置されていた。ソーセージなどのホットミールからフルーツ、そしてグラノーラまで、食べ物が豊富に用意されている。かなりの豪華さだ。ゲストライダーである僕もVIPに混じって、ベーグルとフルーツをいただいく。

朝食を終えて、スタート地点に向かうと、夥しい数のライダーが集まっている。通りのずーっと奥までヘルメットで埋め尽くされていて、胸が熱くなる。この光景を見るだけでも参加する価値がある。
1977年に250人で始まったというバイクニューヨーク、それがおよそ半世紀後の今では3万人をこえるビックイベントになったのだ。サイクルカルチャーが世界に認知されていく先駆け的存在ともいえるだろう。
スタート直前、合衆国国歌を歌う子どもたちの声がビルの合間にこだまする。見知らぬライダーたちと一緒に歌詞がわからないながらも口ずさんだ。 
気がつくと泣いていた。この場に立ち会える奇跡に感謝!。

朝7時半に出走。ライダーたちが一斉に6番街を北へと走りだす。

ロードバイクだけじゃなくて、リカンベントにブロンプトン、足踏み式、手を使って漕ぐ自転車など、バラエティに富んだバイクが道路を占拠して、進んでいく。

沿道には、ライダーたちを応援するために多くの市民が集まっている。6番街やセントラルパークでは学生たちによるチアリーディング、ハーレムではゴスペルを歌う人たちがいた。ビジネスも、エンタメも、世界中からありとあらゆる分野の才能が集まり、しのぎを削り合うニューヨークだが、この沿道には祝祭に満ち溢れる。僕たちライダーもその一部となるのだ。

最初のエイドステーションでは、バナナをかじって、Laysのポテトチップスを3袋平らげた。ピクルス味のエナジードリンクは、衝撃的な味だった。
大会警備にあたっている警察官がとても優しそうな顔をしていたので、声をかけ、写真を撮らせてもらう。ここでは皆が笑顔だ。

ペダルを漕いでいると、コースのあちこちに、どこかでみたことのある風景が現れる。「あ、これは『バットマン』のロケで使われた橋?」とか「ここからのマンハッタン眺めは『華麗なるギャツビー』で使われてた?」とか。聖地巡りという言葉があるが、ニューヨークは街のすべてが聖地のような街だ。ロンドンやパリもすごいけど、ニューヨークには敵わない。
64kmという距離は、ふだんから自転車に乗り慣れている人にとっては物足りないぐらいの距離だろう。それゆえサドルの上からの景色を楽しむぐらいの軽い気持ちで、誰でも参加できるのがいい。

ゴールまで15kmぐらいの地点で雨が降り出した。かなり大粒の雨でサングラスに水滴がびっしりとつくのでジャージの袖で何度も拭く。「ハア・ハア」とリズミカルな呼吸音に混ざって、シャーというタイヤが水を切る音が響く。ふだんならイヤな雨だが、これも祝祭だと思うことにする。

高速道路に差し掛かるころには雨は小ぶりになった。
ゴールまでは10kmを切っているが、身体にはまだ力がみなぎっていた。

サドルの上でふと考えた。

そうだ。ラストスパートをかけよう。どうせなら持てる力を全部注ぎ込んでゴールしよう。その方が楽しいに違いない。
ブロンプトンのギアを一段上げる。足にぐんと負荷がかかる。ダンシングで勢いをつけ、スピードを上げる。
最後のハイライト、ヴェラザノ=ナローズ・ブリッジに差し掛かる。この3kmほどの橋を渡れば、そこはもうゴールだ。意外に斜度があり、バイクを引いているライダーもちらほらといる。ぐんぐんと高度が上がっていくのを感じながら、ただただペダルを踏み続ける。

スタートから3時間30分後の午前11時にフィニッシュ。
黒人の少女がメダルを手渡し、「おめでとう」と祝福してくれた。

ニューヨークを駆け抜ける夢のようなライドはついに終わった。

ゴールエリアを歩いていると、思いがけないことが…。

長身の、そして妙齢の白人の女性がニコニコと手を振りながら駆け寄ってきたのだ。 

「私はブロンプトン社で働いてて、テントを出してるの。遊びにこない?」

テントに着くなり、ニューヨークにはどのくらいいるの? ライドは楽しかった? 日本にもいっぱいブロンプトンライダーはいるの? といろいろ話しかけてくる。ブロンプトンのオリジナルキャップとシールをプレゼントしてくれた。

「あなたの写真、撮ってあげるわよ」

僕はインスタ映えするフォトスポットで、スタッフに促されるままポーズを取り、写真を撮ってもらった。ちょっと恥ずかしかった。

ゴールエリアにもVIPテントがでていて、これまた豪華なランチが用意されていた。サーモンにアボカド、豆腐など、ヘルシーな食材で作られた数々の料理はどれも美味だった。

ゴール地点のスタテンアイランドからマンハッタンまでは、参加者専用の臨時フェリーで。自転車をレンタルした人はフェリーに乗る前に返却。自分の自転車で参加した人は、そのまま客室に持ち込むことができる。
ライダーたちと肩を寄せ合い、波に揺られる。達成感と疲労感とが客室に満ちている。祝祭のあとの静かな余韻のようなものだ。誰もなにもしゃべらないけれども、そこにいたライダーたちとは、“大切な何か”が共有されているような不思議な気持ちがした。そんなことを考えたのは自転車に乗って初めてのことかもしれない。それほどこのライドは僕にとって特別な体験となった。

マンハッタンに着くと、三々五々、自分の自転車で帰路につく。みんなで走って楽しかったよね、またね、と公園を散歩したようなあっさりさで、日常へと戻っていく。という感じでベタベタしない。こういうものニューヨークっぽい。

ブロンプトンに恋をして、ニューヨークに恋こがれて、バイクニューヨークを走った。サドルの上で、気持ちが昂って、何度も涙した。

あれは今考えても人生最高のライドだった。
 
またいつかバイクを持って、ニューヨークにでかけたい。



Text & Photo_Daisaku Kawase

🚲関連記事

⚫︎TVプロデューサー河瀬大作 Bike New York参戦記!恋するニューヨーク vol.1
⚫︎TVプロデューサー河瀬大作 Bike New York参戦記!恋するニューヨーク vol.2
⚫︎TVプロデューサー河瀬大作 Bike New York参戦記!恋するニューヨーク vol.3
⚫︎TVプロデューサー河瀬大作 Bike New York参戦記!恋するニューヨーク vol.4
⚫︎TVプロデューサー河瀬大作 Bike New York参戦記!恋するニューヨーク vol.5
⚫︎TVプロデューサー河瀬大作 Bike New York参戦記!恋するニューヨーク vol.6

⚫︎Circle of Cycling Friends りんとも!河瀬大作
⚫︎TVプロデューサー・河瀬大作のライドノート 沖縄編#01
⚫︎TVプロデューサー・河瀬大作のライドノート 沖縄編#02
⚫︎編集Mの、BIKE NEW YORKでゆるっと建築観光ライド
⚫︎FIVE BORO BIKE TOUR PHOTO ALBUM
⚫︎「マンハッタンブリッジを封鎖せよ!?」 ニューヨーク5島を独占疾走レポート!(前編)
⚫︎「マンハッタンブリッジを封鎖せよ!?」 ニューヨーク5島を独占疾走レポート!(後編)

Profile

河瀬大作/Daisaku Kawase
フリープロデューサー、(株)Days 代表、GlobalRide コミュニケーションディレクター
愛知県生まれ。ロードバイク歴16年、絶景ライド好き。仕事の合間を縫い、自転車担いで全国へ出かける。愛車はトレック。NHKでプロデューサーとして「有吉のお金発見 突撃!カネオくん」「おやすみ日本 眠いいね」「あさイチ」などを手がけたのち2022年に独立。番組制作の傍ら、行政や企業のプロジェクトのプロデュースを行う。

EVENT
NY自転車旅行記③
アメリカ最大の自転車エキスポ
BIKE NEW YORK EXPO

人気自転車系youtuber、けんたさんによるニューヨーク旅行記第3弾。 バイクニューヨーク2019に参加したけんたさんの、 ニューヨーク現地での動画を公開しました。 今回はイベント前日に行われるバイクニューヨークEXPOでの様子です。 JAPANブースにゼッケンを受け取りに来たけんたさん、 EXPOにはけんたさんの気になるグッズも多数販売されていました。

#Kenta #How to
EVENT
「マンハッタンブリッジを封鎖せよ!?」 ニューヨーク5島を独占疾走レポート!(前編)
FIVE BORO BIKE TOUR 2024 🇺🇸

非日常体験。マンハッタンを駆け抜ける 毎年5月にニューヨークで開催されている『FIVE BORO BIKE TOUR』通称、バイクニューヨーク。世界中の自転車好きが集まる北半球最大のイベント、およそ3万人が口角を緩めて、集まっていた。もちろん私もそのうちの一人。 みんなどんな自転車に乗るんだろう〜!どんな光景が観れるのだろう〜!と、当日の朝を迎えた。 5:30 ごろ。薄暗い中、まずは自転車をレンタル。身体に合ったサイズの自転車を選んでくれて、サドルまで調整してもらい、スタートから安心感でいっぱい。自分の自転車を持ってきていなくても、レンタルサイクルでイベントに参加できるなんて! いざスタート地点 マンハッタンのダウンタウン、バッテリーパークへ。信号で天気予報をチェック。昨夜確認したときは一日中雨の予報だったのだけど、午前中は持ちそうとのこと。やったー!でも、今日はすごく寒い・・・。でもそんなことはスタートのセレモニーが始まったらすっかり頭の中から飛んでいった。大都会を封鎖し、およそ3万人の、、、つまり、3万台の自転車が走る。言葉を選ばずいうと、「意味がわからない!」。私にとってはとんでもないこと。ましてやここはニューヨーク。夢や映画の世界でだけ存在していると思っていたような場所。この街、本当にあるんだ、、そしてここで自転車に乗る!しかも、3万人もの人たちと(これがまさに夢なのか?)それくらい、私にとっては非日常的な体験だった。(きっと私だけじゃないはず) 昨夜大混雑だった道が自転車専用道に! 7:30 スタートに合わせて、少し前からスタートセレモニーが始まる。参加者の声の盛り上 […]

#New York
EVENT
編集Mの、BIKE NEW YORKでゆるっと建築観光ライド

2024年5月5日にNew Yorkで開催された「TD FIVE BOLO BIKE TOUR(通称:BIKE NEW YORK)」に参加しました!当日はあいにくの天気。スタート時の気温は10度、風速20km /h(寒!)、天気はどんよりとした曇り。それでも前日までは降水確率91%という予報で、朝から降らなかっただけマシという感じ。長袖のジャージーを重ねてもたまらない寒さで、レインコートを着用しても震えがくるほど。走ったら身体が温まることを祈りつつ、まずはレンタルバイクをピックアップしにマンハッタンの最南端、Battery Parkへ。日の出前の海風が吹き荒ぶ中、こんな条件の悪さで走っても楽しいのかという思いを抱きつつ、結局は得難い観光体験に心おどった4時間半… 目次 1,This is New York ! な街並み2,The Harlem History3,アートを感じる街、Brooklynへ 1、This is New York ! な街並み 早朝からのどんより気分を吹っ飛ばしたNYの魅力、それは建築群。著名な建築家によってデザインされた迫力ある高層ビルの数々。名を知られぬ設計者によるアパート。それら新旧の建物が至るエリア内で隣り合い、古いレンガ造りにはスタイリッシュな鉄骨の階段が備えられ、街路樹と小さな緑地、グラフィティが街を彩る。もう、これらを眺めるだけでThis is New York ! なムード。というわけで、今回はポタリング感覚でゆるゆる走りながらコース中に見つけたNYの印象的な建築をお届けします。 BIKE NEW YORKではこの日だけコース内の車道が自転 […]

#New York