噂のThe Japanese Odysseyとは?#01
ウルトラディスタンスという世界へ

遠くへ。

10年ほど前からロングディスタンスの域を超え、ウルトラロングディスタンスと言われるイベントやレースが世界各地で立ち上がり始めた。その距離、数千キロ。1週間〜半月くらいかけて国々や県境を渡り、峠や河川を越えていく。エイドステーションも警護車もなく、ゴールに辿り着くまでは自分自身でだけが頼り。その界隈のサイクリストにじわじわと注目を集めている、過酷なライドだ。日本では「ブルベ」が名を知られているが、近年、マニアックなサイクリストに熱い視線を注がれているのが「The Japanese Odyssey」。親日家のフランス人2人組が立ち上げた、アブノーマルな道も含む行程で日本国内数千キロを漕ぎ進むというイベント兼レースだ。

本連載では、このイベントに魅せられ、追い続けてきた写真家・下城英悟氏による、The Japanese Odysseyのドキュメンタリー風エッセイをお届けする。


目次

1 プロローグ・オン・ザ・ロード
2 道路元標0地点
3 “黒船来襲”

1 プロローグ・オン・ザ・ロード

東京日本橋、午前3時。

橋上に立つのは、世界各地から集う名もなきアマチュアサイクリストたち。

やがて夜明けの闇が白む頃、オーガナイザーのエマニュエルが、その刻を告げるべく腕を振り上げた。無言に振り下ろされるその腕をチェッカーフラッグにして、集団は走り始める。2週間後の約束の地を目指して。

折から紅葉に染まりゆく日本列島約3000kmの山河を人知れず深く分け入って、散りぢり駆けていく車輪の群れ。出走の瞬間からゴール到達までは、昼夜もないレースタイムだ。いや、レースと形容するには語弊を伴う、伴走者も、語らうプロトンもない、たった一人の長い道のりの格闘。

2015年より始まったこの謎多きイベントの、果たしてその名は、”ザ・ジャパニーズ・オデッセイ”。

2 道路元標0地点

2016年初秋早朝、閑散とした都心の大通りを日本橋に向かい歩を早めていた。

午前3時前はまだまだ暗く、遠目に見る日本橋上街路灯のオレンジ色が滲んでいる。

橋の欄干に黒いシルエットがいくつか揺れているのがわかる。

「思ったより早いな」

少し焦る気持ちにカメラを握り直し、影の方へと近づいていく。

近づくほど正体が明らかになる。

今では珍しいこともなくなったバイクパッキングシステムに旅支度した自転車と、サイクルウエアに身を固めた大柄の男たちが20人ほど集っている。

皆外国人だ。

タイトなウエアは、着る人の皮膚を思わせるほどに馴染みを醸し、重そうな装備は見るからコンパクトに自転車上に締め上げられ、合理的で軽快にさえ見える。

重くて軽そうな、不思議な二律背反を纏う男たちは、めいめい準備にせわしなく動いている。

あるものは黙々とストレッチを続け、あるものはサイクルコンピューターとにらめっこを続けている。

そこはかとなく張り詰める緊張感。

僕は、撮りたいものが溢れ落ちていく時間の経過に焦りを増して、カメラを構えて不躾に彼らに近づいていく。

初見も厭わず、挨拶さえそこそこにシャッターを切った。

この2016年当初は、バイクパッキング装備の自転車も、それを駆るサイクリストにも、日本の路上で見かけることはそうそうない新しいスタイルだった。

僕は、撮りたいと願っていたバイクパッキングの、モノではないコト、が生きている現場が、予想を超えて眼前に立ち現れたことに興奮していた。

そして、これは紛れもない”ウルトラディスタンス”の現場に違いない、と確信を持った。

3 “黒船来襲”

商業写真を生業としながら、自転車文化にまつわる撮影をライフワークのひとつとして活動してきた僕は、新しいムーブメントを求めて国内外の情報を漁る日々を過ごしている。

そんな中の2015年初頭に、あるウェブサイトに行き当たった。

「The Japanese Odyssey」(以下TJO)なるイベントの英語版公式サイトだった。

読み進むにつれ内容の過激さに戸惑い、本当に日本国内で行われるのか?と半信半疑だった。

北海道〜鹿児島総距離約2500kmの旅程には4つの山岳チェックポイントが配され、期間は2週間とある。

これはレースなのか、ツアーなのか?

いよいよ日本にも例の黒船来襲の時がきたのか!?と。

例の黒船、とは、「ウルトラディスタンス」レースと呼ばれるサイクルレースの新潮流のことを指してである。

2010年代前半から世界各地で同時多発的に立ち上がり、アマチュアサイクリストの間で話題持ちきりになっていた。

世界各地の自転車同好の士が、こぞって、オラが国自慢の「ウルトラディスタンス」な草の根レースを立ち上げ、SNSを活用して世界に向け参加者を募り、しかも自分たちでレース経過をレポートした。

どのレースも規模は小さいが、アマチュアを逆手に取るアツいDIY精神に溢れて運営されているようだった。

何よりSNSにポストされる特色あるコース風景と、代え難い参加者の体験が、最高のプロモーション効果をあげていた。

「ウルトラディスタンス」は、瞬く間に国境を越えていったのだ。


<続く>


次回
2015年、7月18日を目指す


🚴‍♂️The Japanese Odyssey 公式webサイト
https://www.japanese-odyssey.com/

🚴‍♂️噂のThe Japanese Odysseyとは?
#01 ウルトラディスタンスという世界へ
#02 2015年、7月18日を目指す
#03 僕の「The Japanese Odyssey」元年へ
#04 クレイジーな設定
#05 “謎”の仕掛け人
#06 日本贔屓の引き倒し


Text&Photo_ Eigo Shimojo

Profile

下城 英悟
1974年長野県生まれ
IPU日本写真家ユニオン所属
2000年フリーランスとして独立、幅広く写真・映像制作を扱うグリーンハウススタジオ設立
ライフワークとしてアンダーグラウンドHIPHOP、世界の自転車文化を追いかける

EVENT
噂のThe Japanese Odysseyとは?#03
僕の「The Japanese Odyssey」元年へ

目次 1 変わらず見えない全容2 「ドット」ウォッチャー 1 変わらず見えない全容 年が明け、前年のリベンジに手ぐすねを引いて待つ僕に、第2回The Japanese Odyssey (以下、TJO)は随分優しかった。 公式サイトは情報の厚みが増し、細かなルート情報まで載っていた。 出発は日本橋。/The event starts at Nihonbashi. イベントの理念や概要といったテキストの端々に、開催地である日本に対する主催者の熱意と敬意が、前年にまして込められていると感じる。 英語版サイトのみなのは、やはり広くグローバルに参加者を募っているのだろう、これは他のウルトラディスタンスレースと同様だ。 しかし前年に続き日本語サイトは見当たらない。 そもそも主催に関して日本人は介在するのか、その余地はあるのか?という疑問符も、前年に続き点滅している。 ともかくなんとか全容を掴みたい。 この年は取材敢行を心に決めた。 2 「ドット」ウォッチャー 取材の事前準備として、まずルールを確認し、次に規定されたチェックポイントの精査と、ルートの予想に取り掛かった。 TJOの特色のひとつに、チェックポイント方式がある。 公式設定されたチェックポイント地点を全て通過(クリア)しないと、最終的な完走は認められない。 この通過を確認するため、参加者全員は出走前に貸与される公式GPSデバイスを自転車に取り付けて出走しなければならない。 GPSにより出走者全員のリアルタイムな位置情報が、インターネット上の公式トラッキングサービスが提供する地図情報の上に、個人アイコンとともに反映されるのだ。 これに […]

EVENT
The Japanese Odyssey Report Season 2
クレイジーな旅が再び〜2025年へ漕ぎ出す〜
#02 波、来たれり

2025年開催のThe Japanese Odyssey(以下、TJO)に向け、Global Ride編集部がお届けするフォトグラファー・下城英悟氏による連載エッセイ第二弾。時は2016年、TJO第二回開催を明日に控えた夕刻。親日家でありながら前回まで来日経験のないフランス人、エマニュエルとギョームにより企画された日本を漕ぐ旅がいよいよ現実となる前日のこと。代官山にて行われたブリーフィングの場のvibes、そこからのウルトラディスタンスとは。 *前回のエッセイはこちら #02 波、来たれり 大会に掲げられたハードなチェックポイントの数々と長大な行程、ここに思い当たるのは、これが冒険以外の何ものでもないということ。完走を目指すなら、用意周到に備え、相当な戦略を立て、そのうえで己の限界を問うような努力が求められるだろう。ハードである。これは運営も同様で、準備には相応の時間を要するだろう。それを、たった2人で取り組むということか?しかも、ここは彼らの故郷からはるか遠くの異国、JAPAN。しかし彼らの答えは“Yes”だった。マジか、と心配されても仕方がない。参加者さえ驚く者もいるのだ。それでも、そのことを本気で心配する者は、参加者にほとんどいなかったと思う。その理由として、参加者の半数がトランスコンチネンタルレースなどのウルトラディスタンスレースの経験者、そうでなくとも皆ウルトラディスタンスのセルフサポーテッドの理念を理解、共感していたからに違いないだろう。 2010年代、急速に広がったウルトラディスタンスのコンセプトとムーブメントは、既存スポーツ、ひいてはツーリズムへのカウンターとし […]

EVENT
The Japanese Odyssey Report Season 2
クレイジーな旅が再び〜2025年へ漕ぎ出す〜 #06
300km/日の最速エンジニア 🇬🇧
禁欲のバイク中毒者(主催者その2) 🇫🇷
“ハルキスト”なルートメイカー(主催者その1) 🇫🇷

2025年の秋に開催されることが決定したThe Japanese Odyssey(以下、TJO)第二弾、今回は2016年イベント最速の男とフランスからやってきた主催者二人のライド哲学や装備のこだわりをお届けします。ウルトラロングライドの挑戦に興味がある方は必見!彼らのバイクパッキングも参考に、一緒に走ってみませんか? *前回のエッセイはこちら 300km/日の最速エンジニア/TOM WILLARD(England) 出走前も早朝の日本橋に一番乗りし、そのまま2016年TJOダントツの所要10日間でゴール地の道頓堀に到達したのは、ポールトゥウィンの英国人、トムさん。GPSの記録で1日300km超を走るペースは、この年の最速。ふだんから、在住の南ロンドンに拠点するオダックス(ブルベを開催する)に籍を置き、週末を中心に日に2~300kmを走るランドナー。笑顔の明るさ、実直な語り口の彼に、日本を走った印象を訊ねると、なぜか日本の工業技術の偉大さについて熱めに語り始めました。「日本の自然の景色マッチした、橋梁、道路、トンネルが素晴らしかった。工法も興味深かったね。話は違うけど家電も最高。景色もさることながら日本は技術力が素晴らしい」と。電気系エンジニアでフルタイムワーカーとのことで、なるほど腑に落ちました。TJOのルートは、多くの川を渡り、山間深く分け入り、交通治水の核心的構造物の多くを横目に駆け抜けていきます。構造物、地形、歴史好きなある種の人々にはたまらない、自転車版ブラタモリルートでもあるので、トムさんはそんなところにも惹かれたのでしょう。愛車はSPECIALIZED、野心的グラベ […]