
〜グラベルオタクが行くウルトラディスタンス〜
*参戦記 #01、#02はこちらから
https://globalride.jp/trip-travel/ehimemonitortour24_01_jp/
https://globalride.jp/trip-travel/ehimemonitortour24_02_jp/
1. 南予の漁村たちと岬めぐり(宇和島市)
2. 私達の日常が、誰かのエンターテイメントになる(宇和島市〜松山市)
愛媛周遊ツアーも早5日目の朝を迎えた。内子滞在の2日間をお世話になった農村の小さなドミトリー“古久里来(こくりこ)”さんお手製の和朝食を頂きながら、愛媛弁のオーナーご夫妻とのローカルトークにもいよいよ花も咲こうというのに……。早い別れが惜しい。1996年のオープンから、地元に根ざしたグリーンツーリズムを牽引してこられたご夫妻の温かいおもてなしに癒やされた、内子・大洲の滞在だった。同宿のクーパーは、別れを前に涙目だけれど、みなで記念撮影をしてさよならを。
思えばこの4日間にしまなみを周遊し、石鎚山系に深山幽谷を駆け、内子や大洲の人と文化にも触れ、すでに愛媛県を2/3周してしいる。この上に何を求めるものがあろう?と、疑問を抱くほど、すでに愛媛に満たされている。が、行程はまだ2日残されている。あらためてルートを眺めれば、地図の上にむくむくあらたな期待が湧き上がる。今回のツアールートに込められた主催者の想い、ただならない。
その期待の正体を確認すべく、この日に目指すのは、愛媛県南西部、南予地方の中心地、宇和島だ。
内子から宇和盆地を抜け、景勝名高いリアス海岸部を周遊し宇和島へ。南予のリアス海岸線を走るルートは、今回のツアーで、個人的にとくに楽しみなパートだった。関東拠点のサイクリストにとって、この地をライドする機会はそう無いことだろう。“垂涎モノ”とは自転車仲間の風のウワサには聞いてきたし、幾度となくルートを夢想した。目をつむり、豊後水道越しに対岸九州の山々を見晴るかす。複雑な海岸線のアップダウンが、鮮やかなみかんに彩られた岬をめぐる…等々。嗚呼、これをせずにサイクリストと言えようか。ひとりで鼻息荒くなってしまうが、一方の海外勢も相変わらず疲れ知らずと見える、この日も朝から期待に目がキラキラだ。
なにより本日は待望の晴天なり、最高の青空が広がる。期待感しかないペダルの、踏み出しの軽いこと!
本命のリアス海岸線を目指し、まずは内陸内子から巨大マンモス親子が闊歩?する宇和盆地の田園地帯を抜けて、イージースピン。四国の秋冬の田園風物詩“わらぐろ”と、藁アートのマンモス親子が、晩秋の鮮やかな青天井に映えて、文字通りの映えスポットとなっている。マンモスとの意外な出会いを束の間楽しみ、我らサイクルトレインは、爽やかな朝の空気を切って快走していく。盆地からいくつか丘を越え、内陸から海につながる谷の一つを選んで、本日一本目の上り坂にエントリーする。程よくパンチの効いた坂を難なくこなし、下りは重力にまかせて滑り降りる。風を受けて加速する視界を割って、鮮やかな海の青が目に飛び込んできた。これでもかと言わんばかりに青く、きらきらと陽光を跳ね返している。対岸に見える大きな島影は九州だろう。待ち焦がれた豊後水道だ。思い焦がれた南予の岬めぐりが、いよいよはじまった。
幾重にも入り組んだリアス海岸線は、入江ごとに多彩な景色を見せてくれる。いくつもの小さな漁村があり、港の有線放送から古い演歌が漏れ聞こえてきて、ひなびた旅情を誘う。午前中早くだが、朝の早い漁師たちが片付けごとをしながら煙草を吹かしている。そんな漁村を通り過ぎると、決まって上りが始まる。岬を巻き込む道のアップダウンは、脚にほどよく心地良い。日の当たる岬の急斜面では、みかん栽培が盛んだ。南向きの緑の斜面に、オレンジ色のドット鮮やかに映えて、目にも楽しい。一汗かいて、岬の高みに開ける視界、眼下には豊後水道の絶景が広がる。名も知れぬ岬をいくつも巡り、都度現れる海は、まったく同じ海のはずなのに違って見える。変化に富んだリアス式の地形のなせる不思議に違いない。
今回のローカルツアーガイドで南予在住のリュウジくんは、ここは自身の練習ルートだという。日常ですよ、と。誰かの日常は、誰かの非日常というが、自転車乗りとしてなんと羨ましい日常だろう。
海岸線に出るまで快速そのものだった我らがサイクルトレインだが、麗しき岬めぐりのさなかに無惨に解体され、遅々として進まない。次々現れる絶景に、誰しもペダルを止めないわけにはいかないのだ。樹木が視界を遮る道だけが進みを早めてくれるが、それも束の間、あえなく絶景の罠に囚われ、サイクルジャージのバックポケットからスマホを取り出す羽目になる。スマホを構えた男女の、“Wanderful!” “AWSOME!” “Marvelous!”、あらゆる賛美の英語形容詞が岬に響いている。ここは負けずに、“すばらしい!”、“すげー!”、“ヤベー!”で応酬する。絶景に国境がないことをよくよく理解した。
午前中をたっぷり走り、そろそろ腹ペコそうな面々は、浜辺の集落、明浜に面した複合施設 “あけはまーれ”のレストランにピットイン。夏泳いだらさぞ気持ちよさそうな広い白砂の浜から、ラッキー(from豪)がダイブしている。この旅でたびたび飛び込むワイルドガイ、ラッキー君。温かいとはいえ11月ですよ。
腹ペコサイクリストは南予の魚介を楽しむべく、目移りするメニューの中から、迷わず郷土食の鯛めし定食を選んだ。宇和島の鯛めしは一般に知られる炊き込みではなく、醤油ベースの出汁に浸った新鮮な鯛の刺身を卵黄とからめ、白メシにぶっかけて食す漁師料理がベースなのだとか。新鮮な鯛と甘めの醤油出汁とご飯との相性がすこぶる良く、瞬く間に完食してしまう。
身も心も満タンとなり、宇和島まではもうひとっ走りだが、超級みかん畑ヒルクライムが立ちはだかる。海面ほど近い入江の街から、空に向かって扇状に広がるみかん畑の急斜面を縫うように、九十九折の坂道が伸びている。なかなかの急登だ。脚に覚えある野生児ラッキーが猛然とアタックをかけ、瞬く間にその背中が小さくなった。みなそれぞれのペースで登る。晩秋の得難い陽光に恵まれて、みかんは鮮やかに実り、海はやはり美しい、と何度でも言おう。みかん畑を制覇したごほうびの爽快なダウンヒルに、年甲斐なく気勢を上げながら、一行は無事宇和島に到着。古社和霊神社に今日のライドの安全を感謝する。
夕刻、ガイドのウィルさん&タミーさんご夫妻おすすめの場所に誘われた。小さな漁港のはずれのシークレットスポットまで散歩すると、宇和島湾に沈むサンセットショーがはじまった。ビールを片手に、太陽と海と空が溶けてゆく。南予の太陽を味わい尽くした一日の余韻に、酔いしれる最高の時間。
最終日の6日目の朝は宇和島さんぽから。伝統ある旅籠を再生したという木屋旅館まで、みなで建物探訪にでかける。明治期創業から司馬遼太郎をはじめとした多くの文化人、政治家に愛され、宇和島の歴史が刻まれた木屋旅館の木造家屋は、伝統的な旅籠の面影を残しながら、近年モダンな旅館として再生された。100年を超える貫禄ある二階建構え、座敷と畳、障子や欄間の造形彫刻、床の間の書画など、日本的建築様式を一気に体験し、一同興奮気味だ。日本人には当たり前なディテールが、異邦人の強い関心を引いている、その交流が面白い。今日はこのツアー唯一の鉄道移動日だ。鉄道体験も異文化交流だろう。宇和島から、ローカル線のムードあふれるJR予讃線で大洲まで北上し、再び自転車にてゴールの松山へ向かうのだ。
サドル上とは趣の違う車窓の景色が、ゆったりと流れていく。まどろむ面々もちらほら見える。この濃密な1週間を、どんな夢にみるだろう。
再び自転車に乗り換え、松山まで残された道は、起伏の少ない平坦ルートだ。大洲から瀬戸内海へと、南予の水を集めた肱川に沿って、伊予長浜まで北上する。肱川のおおらかな流れに伴走して、下り基調の快適な巡航であっという間に伊予長浜に到着した。風情ある赤い跳ね橋をわたり、坂本龍馬ゆかりの港町に入る頃、そろそろ昼時が近づいていた。この日はもう一つ趣向を変え、昼食はコンビニエンスストアでお好みの品を選んで、浜辺でのランチタイムにした。日本のコンビニは、ワンダーランド!と、おにぎりの具を悩むアニーが力説する。私達の日常が、誰かのエンターテイメントになる面白さ。みなで伊予灘に向かっておにぎりやら、唐揚げやらを頬張りながら、海岸線の先に目をやれば、松山の街が目と鼻の先に見えていた。国道378号、通称夕やけこやけラインは、そのスムーズな路面であっという間に私達を松山まで運んでしまった。
ゴールの道後温泉までもうわずかな道のりを、西日が照らし出しはじめている。最終日の今日も早く、濃い一日だった。松山城の天守が見えると、もう道後。遍路道五十一番札所石手寺の山上、弘法大師が、長くも束の間にも感じる愛媛一周の旅を終えた一行を見守るように立っている。
海に、山に、里に、町に、異国の自転車仲間と走ったこの一週間は、知らない愛媛を発見する旅だった。同時に、行けなかったあの道の先、あの山の、峠の、岬の向こうにと、知らない愛媛が増えていくのが悩ましい。しまなみ海道は言わずもがな、愛媛が自転車乗りを悩ませる地であることは、異国の仲間たちと確信した。
その魅力の深みの入口に立ってしまった以上、もっと知りたい。道後の湯に浸かりながら、愛媛再訪を固く誓うのであった。
完
🚴♂️愛媛県主催 海外メディア向けサイクリングモニターツアー参戦記
#01 今治市周辺
#02 西条市~石鎚山~内子
#03 宇和島市~松山市
Profile
下城 英悟
1974年長野県生まれ
IPU日本写真家ユニオン所属
2000年フリーランスとして独立、幅広く写真・映像制作を扱うグリーンハウススタジオ設立
ライフワークとしてアンダーグラウンドHIPHOP、世界の自転車文化を追いかける
投稿日:2025.03.14