Music Cycles Around The World
② France
Catia “Saudade de Paris”

自転車と共に音楽で世界を走ろうというイメージで、“都市と音楽”をテーマに「Music Cycles Around The World」と題してお届けしていきます新連載の第2回。7/5にパリのシャンゼリゼからスタートする「Tour de France 2025」にちなんで、今回はフランスの思い出の音楽について綴っていこうと思います。

もう20年近くご無沙汰してしまっていますが、僕は1990年代から2000年代は何度となくフランスを訪れていました。初めてパリに行って、朝から晩までひたすらレコード(フランス映画のサントラなど)を買いまくったのは33年前。自分の店カフェ・アプレミディを開くきっかけになったのも、1999年初夏に「パリジェンヌのカフェ・ライフ」を取材するために旅したフランスでした。その後は生粋のパリジェンヌ歌手Clementineやパリ在住のブラジル人女性シンガー・ソングライターCatiaのプロデュースを手がけることになり、毎年のようにパリを訪れていましたが、その仕事の延長でヴァカンス気分で足を伸ばしたプロヴァンス、とりわけサントロペの美しい風景や街並みは、今も忘れがたいほど甘美でノスタルジックな夢のように心のフィルムに焼きついています。

そんな僕のこの頃の思い出の一枚を挙げるとしたら、リオ出身でパリに渡りヨーロッパのジャズ〜ボサノヴァ・サーキットを中心に活躍していたCatiaと2003年に制作した彼女のファースト・アルバム、その名も『Saudade de Paris』。Carlos LyraやMarcos Valleのようなブラジル音楽の偉人たちも讃辞を贈る、優美な旋律をしなやかに奏でるサウダージとメロウネスあふれる胸に響く歌声と、心地よく甘やかな躍動感に満ちたサウンドに彩られた、まさにフレンチ・ブラジリアンの宝石のような作品集で、いつまでも大切に聴きこんでいきたい正真正銘の至福の名作です。その音楽は、ほのかな哀しみとある種の切なさを帯びながらも生きる歓びを感じさせ、詩とメロディーとリズムが呼吸をするような自然さで、優しく色彩豊かに溶け合っています。そしてそこにはフレンチとブラジリアンの幸福な出会いの光景が広がっているのです。

収録されたStevie Wonder〜Tania Maria〜Ivan Lins〜Toninho Horta〜Milton Nascimentoといったカヴァー・レパートリーは、僕の渾身のセレクションですが、とりわけ日本でも人気を呼んだのが、フランスの名グループGipsy Kingsがスペイン語で歌い世界的に大ヒットさせた「Djobi, Djoba」の、深い陰影に富みながらも伸びやかでメロウでまろやかな瑞々しい輝きを放つナイス・リメイク。僕はこの『Saudade de Paris』のヒットによって、彼女と2004年にもパリ録音で『La Vie en Rose』、2007年にはリオ録音で『Catia Canta Jobim』と、計3枚のアルバムをプロデュースさせていただいたのでした。

Catia「Djobi, Djoba」
https://youtu.be/5mJlcW3X4PQ?si=1ScFs8Xd-hpHvdrh

♬Music Cycles Around The World STORAGE♬
#01 3rd Bass “Brooklyn-Queens”
#02 Catia “Saudade de Paris”

♬CYCLE MUSIC STORAGE♬
#01 The Style Council “My Ever Changing Moods”
#02 Cordelia “Play Pretend”
#03 Corinne Bailey Rae “Put Your Records On”
#04 Georgie Fame ”Happiness”
#05 Alulu Paranhos “Bicicletinha”
#06 Motoharu Sano “Angelina”
#07 B.J. Thomas “Raindrops Keep Fallin’ On My Head”
#08 The Smiths “This Charming Man”
#09 Dominic Miller “Bicycle”
#10 NewJeans “Bubble Gum”
#11 Tank and the Bangas “Smoke.Netflix.Chill.”
#12 Kraftwerk “Tour de France”
#13 Livingston Taylor “Don’t Let Me Lose This Dream”
#14 RM “Bicycle”
#15 Norah Jones “Christmas Calling (Jolly Jones)”


Profile

橋本徹/Toru Hashimoto(SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷の「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。『Free Soul』『Mellow Beats』『Cafe Apres-midi』『Jazz Supreme』『音楽のある風景』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは350枚を越え世界一。USENでは音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」「usen for Free Soul」を監修・制作、1990年代から日本の都市型音楽シーンに多大なる影響力を持つ。近年はメロウ・チルアウトをテーマにした『Good Mellows』シリーズが国内・海外で大好評を博している。

Art Work_ユア

CULTURE
CYCLE MUSIC⑦
B.J. Thomas「Raindrops Keep Fallin’ On My Head」

20世紀を代表する名作曲家、バート・バカラックが亡くなって1年が経ちました。ソフィスティケイトされた切なくも美しいメロディー、まさに“バカラック・マジック”と言うべきコード進行やリズム・チェンジを駆使した鮮やかで洒落たアレンジに、大胆かつエレガントな構成といった、軽妙洒脱で創意に富んだ彼のアート・オブ・ソングライティングは、都会的で胸に沁みる歌詞(特にハル・デイヴィッドの詞作)とのマリアージュも相まって、今なお時代をこえて世界中の人々の心をとらえていると思います。

#Column #Music
CULTURE
CYCLE MUSIC⑤
Alulu Paranhos 「Bicicletinha」

僕が青春時代に夢中になったネオ・アコースティックと言われる音楽(1980年代のイギリスでポスト・パンク〜ニュー・ウェイヴを礎に新たに生まれた、ジャズやソウルやボサノヴァやラテンの影響を受けた繊細な感性のアコースティック・ポップス)には、自転車をモティーフにしたレコード・ジャケットが多いという印象がありますが、実は自転車にまつわる曲が多いような気がしているのがブラジル音楽。今月はそんな中から、ネオ・アコースティック好きにも薦めたいようなAlulu Paranhosの「Bicicletinha」を紹介しましょう。

#Column #Music
CULTURE
CYCLE MUSIC⑨
Dominic Miller
「Bicycle」

毎回ちょっとした自転車と音楽にまつわるエッセイを綴っているマンスリー・コラム「CYCLE MUSIC」。今回は名ギタリストDominic Millerによる、その名も「Bicycle」という曲を紹介しましょう。 アメリカ人の父とアイルランド人の母のもとアルゼンチンで生まれ、長らくロンドンを拠点に活躍して、今は南フランスに住んでいるというDominic Millerは、「偉大で穏やかなストーリーテラー」などと多くのメディアで絶賛されてきましたが、何と言っても輝かしいStingの右腕としてのキャリアで名高いですね。Stingは彼のことを「色彩豊かな音の建築家」と称賛し、やはり共演歴のあるPaul Simonはその詩情がこぼれ落ちるようなギター・プレイを「ジャズとイングリッシュ・フォークの香りがする美しい音色」と讃えている、テクニカルかつメロディアスなセンスの持ち主です。 現在は“静寂の次に美しい音”を標榜するドイツの名門ジャズ・レーベルECMから自身名義のリーダー・アルバムをリリースしていて、この「Bicycle」はECMでの2作目として2019年に発表された『Absinthe』に収録されています。そう、“アブサン”という薬草系の強いリキュールのように甘く危険で美しい、彼が魅了された20世紀フランスの印象派アーティストたちへのオマージュとなっている作品集で、僕はこのアルバムのリリースに合わせて丸の内COTTON CLUBで行われた来日公演も観に行きました。 瑞々しいギターのリフレインに、ノスタルジックな哀愁を帯びたバンドネオンや、タイトで空間性に富んだドラミングも印象的な「Bicy […]

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