CYCLE MUSIC③
Corinne Bailey Rae「Put Your Records On」

先々月にこの連載コラムの初回でご紹介したThe Style Councilの「My Ever Changing Moods」と並んで、自転車に乗っている映像が印象的なMVと言えば真っ先に思い浮かべるのが、1979年イギリス・リーズ生まれのシンガー・ソングライターCorinne Bailey Raeの「Put Your Records On」。初めてMVを観たときの瑞々しいときめきは忘れられません。若き日にフランソワ・トリュフォー初期の短編を観たときに感じたような(彼の映画には自転車をモティーフにした名シーンが多いですね)胸疼くような甘酸っぱさ。

木もれ陽の美しさと逆光の夕陽の輝き。木々の中を友人たちと自転車で走る優しくナイーヴな表情から、サビで解き放たれる彼女の笑顔。そして赤いリボンを大空に解き放つクライマックス。リラックスしてこの曲を聴いていると、幸せってこういうことなのかもなと、いつも思います。

大好きなこの曲の歌詞の意味合いから察するに、最初のフレーズはBob Marleyの「Three Little Birds」のメッセージへの共鳴も示しているのでしょうか。“Put your records on, tell me your favourite song”と繰り返されるサビの一節は、「好きなレコードをかけて」という意味だと解釈して、DJをするときなどに自分のテーマ・ソングのように頭の中でくちずさんでいます。女性(Corinne Bailey Rae自身)に向けて歌われているけれど、「リラックスして、好きなように、心のままに、夢をもって生きればいい」と、自分を励ましてくれる歌として聴いているんですね。

そんな「Put Your Records On」は、2006年に発表された彼女のセカンド・シングルで全英チャート2位を記録。続いてリリースされたファースト・アルバム『Corinne Bailey Rae』は、見事に全英No.1に輝きました。

個人的なエピソードを書き添えるなら、その後2009年に、僕がコンピ・シリーズ『Mellow Beats』のスペシャル企画として、Nujabesのトラック・メイキングでSadeの名曲「Kiss Of Life」のカヴァーをプロデュースしたとき、最初にフィーチャリング・ヴォーカルとしてオファーしたのがCorinne Bailey Raeでした。ファンの方ならご存知の通り、その頃の彼女はプライヴェイトでの不幸が重なってしまい、結局実現することはできなかったのですが、ご丁寧なお返事をいただいたことを、大切な思い出として記憶しています。彼女に代わってオランダからGiovancaとBenny Singsが参加してくれた完成ヴァージョン、Nujabes feat. Giovanca & Benny Singsの「Kiss Of Life」も、メロウ&ジャジーな素晴らしいSadeカヴァーに仕上がりましたので、よかったらお聴きになってみてください。

Text_橋本徹(SUBURBIA)

Corinne Bailey Rae「Put Your Records On」

https://www.youtube.com/watch?v=rjOhZZyn30k



♬CYCLE MUSIC STORAGE♬
#01 The Style Council “My Ever Changing Moods”
#02 Cordelia “Play Pretend”
#03 Corinne Bailey Rae “Put Your Records On”
#04 Georgie Fame ”Happiness”
#05 Alulu Paranhos “Bicicletinha”
#06 Motoharu Sano “Angelina”
#07 B.J. Thomas “Raindrops Keep Fallin’ On My Head”
#08 The Smiths “This Charming Man”
#09 Dominic Miller “Bicycle”
#10 NewJeans “Bubble Gum”
#11 Tank and the Bangas “Smoke.Netflix.Chill.”


Profile

橋本徹/Toru Hashimoto(SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷の「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。『Free Soul』『Mellow Beats』『Cafe Apres-midi』『Jazz Supreme』『音楽のある風景』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは350枚を越え世界一。USENでは音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」「usen for Free Soul」を監修・制作、1990年代から日本の都市型音楽シーンに多大なる影響力を持つ。近年はメロウ・チルアウトをテーマにした『Good Mellows』シリーズが国内・海外で大好評を博している。

Art Work_spoken words project

CULTURE
CYCLE MUSIC⑪
Tank and the Bangas 「Smoke.Netflix.Chill.」

先月のこのコラムでも触れました、4/27にカフェ・アプレミディで開かれた、この連載のエディター&アートワーク制作チームとその友人たちに、デザイナー&トランスレイターも含む「Global Ride」運営スタッフまで集まってくれたDJパーティー。様々な素晴らしい音楽が流れ、本当に楽しく盛り上がったのですが、そのときに僕と担当編集者の共通の友人であり、設計事務所imaを主宰するインテリア・デザイナー小林恭がスピンしていて、「あっ、これも自転車ジャケだった!」と思いだした大好きな曲について、今月は紹介しましょう。 それはアメリカで現代最高のライヴ・バンドと絶賛され、ジャズ〜ファンク〜ヒップホップ〜ロック〜ゴスペルのグルーヴも併せもつソウルフルなサウンドで、現行ニューオーリンズ・シーンの存在感あふれる象徴のように輝くグループ、Tank and the Bangas。その中心は紅一点の女性シンガー/ポエトリー・リーダーTarriona “Tank” Ballで、彼女はMoonchild始め数多くのアーティストへの客演でも大活躍していますね。そんなTank and the Bangasが2019年にRobert Glasperらをプロデューサーに迎えリリースしたメジャー・デビュー・アルバム『Green Balloon』は、とても雰囲気のいいモノクロームの写真にグリーンのバルーンをあしらったジャケットも素敵な愛聴盤で、収録曲「Smoke.Netflix.Chill.」はとびきりのマイ・フェイヴァリット・チューンなのです。 曲名からも伝わると思いますが、歌詞も今の時代に相 […]

#Music
CULTURE
CYCLE MUSIC⑩
NewJeans
「Bubble Gum」

4/27にこの連載コラムのエディター&アートワーク制作チームとその友人たち、さらにデザイナー&トランスレイター含む「Global Ride」の運営スタッフが集まって、渋谷にある僕の店カフェ・アプレミディでDJパーティーが開かれ、大変な盛り上がりとなり、とても楽しい時間をすごしました。僕はその日、何をかけようかと楽しみに、朝からいくつものレコードを選んでいたのですが、たまたま友人のおすすめで4/27午前0時リリースだったNewJeansの新曲「Bubble Gum」のMVを観たところ、自転車に乗るシーンが出てきて、その曲の良さも相まって、一日中ときめいてしまっていたのでした。そこで今月は、K-Popをめぐる諸事情には全く疎い自分がNewJeansについて語るのは野暮かとも思いましたが、僕がそのとき彼女たちの音楽とMVから感じたことだけを著そうと思います。 ひとことで言うならば、青春のきらめきとその儚い美しさを彼女たちが自然体で謳歌していることに、胸を疼かされたということに尽きるでしょう。甘酸っぱくて、清涼感があって、瑞々しくて、春から夏へ向かうこの季節、海辺に行きたくなるような音楽。いや、ひと夏の他愛ないけどかけがえのない思い出のような音楽、と言った方がいいでしょうか。そう、自転車に乗って、あの頃のようにどこかへ出かけたくなる音楽。 とりわけ印象的だったのは、「シャボン玉ってピースフルだな」と、あらためて感じさせてくれたこと。僕は2年前の初夏、DJ仲間とアウトドア・キャンプに出かけたときに、美しい夕陽の逆光の中で女性たちがシャボン玉を吹いていた光景がフラッシュバックして、思わず写 […]

#Column #Music
CULTURE
CYCLE MUSIC⑨
Dominic Miller
「Bicycle」

毎回ちょっとした自転車と音楽にまつわるエッセイを綴っているマンスリー・コラム「CYCLE MUSIC」。今回は名ギタリストDominic Millerによる、その名も「Bicycle」という曲を紹介しましょう。 アメリカ人の父とアイルランド人の母のもとアルゼンチンで生まれ、長らくロンドンを拠点に活躍して、今は南フランスに住んでいるというDominic Millerは、「偉大で穏やかなストーリーテラー」などと多くのメディアで絶賛されてきましたが、何と言っても輝かしいStingの右腕としてのキャリアで名高いですね。Stingは彼のことを「色彩豊かな音の建築家」と称賛し、やはり共演歴のあるPaul Simonはその詩情がこぼれ落ちるようなギター・プレイを「ジャズとイングリッシュ・フォークの香りがする美しい音色」と讃えている、テクニカルかつメロディアスなセンスの持ち主です。 現在は“静寂の次に美しい音”を標榜するドイツの名門ジャズ・レーベルECMから自身名義のリーダー・アルバムをリリースしていて、この「Bicycle」はECMでの2作目として2019年に発表された『Absinthe』に収録されています。そう、“アブサン”という薬草系の強いリキュールのように甘く危険で美しい、彼が魅了された20世紀フランスの印象派アーティストたちへのオマージュとなっている作品集で、僕はこのアルバムのリリースに合わせて丸の内COTTON CLUBで行われた来日公演も観に行きました。 瑞々しいギターのリフレインに、ノスタルジックな哀愁を帯びたバンドネオンや、タイトで空間性に富んだドラミングも印象的な「Bicy […]

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